ニュージーランド山行記 2007年12月13日〜12月31日 by石原

山行報告のページ スレッドNo.3

No.29 New! by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/08/14 (Thu) 05:02

 気がつくと25年も会社に勤めていた。リフレッシュ休暇が、短いとは言え連続10日もらえることに気づいたのは、07年春だった。タイミングからすると12月に休暇を取るのが都合がよい。この時期とこの休暇日数で行けるところと言えば、ニュージーランドしかない。すでに某会社を定年退職をしている大阪の先輩、北斗岳友会の小玉さんを誘った。

(写真館No42にその他の写真を掲載しています)

No.30 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/07 (Wed) 22:51

1.12月13日(木)出発

 12時過ぎに自宅を出る。しばらく家族ともお別れだ。出発前に、妻にお礼のメールを打っておいた。いつ見てくれるだろう。荷物は、リュック2つを二段重ねにして背負い、さらにパソコン用のバッグに資料を詰めてある。これは、ニュージーランド航空のホームページからヒントを得た。パソコンは、持込み手荷物とは別に身の回り品と見なされ、機内に持込むことができるのだ。
 上野で京成電鉄のスカイライナーに乗ろうとして、よくわからず、特急に乗る。一向に成田に着かない。えらく時間がかかったが、2時過ぎには成田の旅客第二ターミナルに到着。ニュージーランド航空のチェックインカウンターを探しながら歩いていると、前方をでかいリュックを担いで歩いている変な格好をしたおじさんがいる。一目で小玉さんとわかる。チェックインは3時半からだそうだ。まだだいぶ時間がある。その時間を、ニュージーランド通過への交換などに使うが、まだ時間が余る。通貨換算は1ドル97.18円。(その後、ニュージーランドで換算すると90円弱だったので、かなり損だ。)
 預かり手荷物は20Kgまでとのことだったが、チェックインカウンターで小玉さんが重量オーバーはどの程度まで許されるのか聞く。カウンターの女性がオーバー重量3キロまでなら通しているとのこと。そのことを知っていれば、もっと詰めたのにと思うが、航空会社にしてみれば、そんなことを公表すると収拾がつかなくなると思ってのことだろう。
 チェックイン終了後、カフェテリア方式のレストランに入り、軽く食事する。クック山域のことや登山計画について、僕の考えを説明する。マウントクックはみんな行っているリンダ氷河ルートではなく、ローピークのウエストリッジなぞどうか。計画書に載せたラペローズは難しそうだし、下降路もよくわからない。とりあえず簡単に登れそうなフットストゥール東面のクーロワールルートなどいいのでは。
 出発は、ほぼ定刻どおり。家族の写真を忘れていたので、携帯に妻から子供達と一緒に撮った写真を送ってもらう。僕のメールを見たとのメールも届く。心が動く。
 飛行機の旅は、エコノミークラスで狭かったが、一人に一つのディスプレイが用意されており、快適だ。

No.31 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 10:51

2.12月14日(金)クライストチャーチ
 
 ニュージーランドは日本との時差がプラス3時間だが、サマータイムなので、今は4時間だ。オークランドにはその現地時間朝5時20分ごろ到着。ここで預かり手荷物を受け取り、一旦入国審査を受けなければならない。
 入国審査官はみな無愛想だ。手荷物の検査があり、プラスチックブーツはちゃんと洗っているのかと聞かれる。オークランド空港は、国際線ターミナルと国内線ターミナルが離れている。シャトルバスは20分に1回しかない。乗り換えに2時間あるが、入国審査にだいぶ時間を食ってしまった。シャトルバスを待つがなかなか来ない。歩いていくと15分ほどかかるらしい。
 国内線ターミナルでのチェックインで、僕らが搭乗する飛行機はちょっと遅れると聞かされていた。しかし、予定時刻が来ても搭乗ゲートが開く気配がない。そのうち、その搭乗ゲートが変更されたので、移動する。係員がなにやら説明しているが、ネイティブ英語は何を言っているのかさっぱりわからない。日本の団体客の女性添乗員が航空会社の職員と話をしている。どうなっているのか彼女に聞いてみたが、事情は私にもわかりませんとのこと。本来の出発時刻を3時間ほど遅れた12時過ぎ、その日のフライトは故障により中止と聞かされる。職員が、預けた手荷物を受け取って、リチケットしろという。改めてチェックインしなおせということか。それならそうと、もっと早く対応せよと言いたかったが、けんか腰の英語なぞ喋れないのである。日本人かと思って話しかけた若い女性が実はタイ人で、東京に留学しているという。タイ語、日本語、英語ぺらぺら。右往左往している我々にいろいろアドバイスしてくれる。
 「リチケット」すると、われわれの飛行機は17時出発である。もう昼だし、オークランド市街は空港から遠いので、出歩く余裕もない。予約していたレンタカー会社に電話しなければならない。公衆電話の掛け方がまたわからない。20ドルのテレフォンカードを買って連絡をつけるのに1時間ほどかかる。公衆電話は1ドル単位。1ドル=90円と考えると、10円で公衆電話をかけられる日本は恵まれている。昔、公衆電話で100円玉を使うとおつりが出ないことを恨んだ覚えがあるが、かつての電電公社さんごめんなさい。
 暇なので、キャッシュディスペンサーを使ってニュージーランド通貨のキャッシングをしてみた。最初にクレジット、当座預金、普通預金を選択する画面が出る。何のことか? 小玉さんが日本人添乗員らしき人を見かけたときに聞いてみたら、機械はカードがクレジットカードかキャッシュカードかわからないので、選択しなければならないのだそうだ。カードを差し込んだときに機械が選別できないのかと思うが、金融機関の仕組みが日本とは異なるのだろう。日本でも、クレジットカードとデビットカードを同じ系統で処理するとこうなるのかもしれない。その後、支払はほとんどクレジットカードで済ませたので、キャッシュを降ろす必要はなかった。利息もかからないし、現金より安心で楽だ。
 カフェテリア式のレストランが何軒かあった。寿司がおいてあるが、普通の握り10個入りで10ドル、900円で高い。小玉さんは10ドル出してうどんを食う。これも普通の立ち食いうどんの類だから割高感がある。僕はマクドナルドでビッグマックを買う。4ドル50セントで400円。これなら食べる気になる。

No.32 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/08 (Thu) 22:09

IMGP1903.JPG ←クライストチャーチのコロンボ通りにある登山用品店

 クライストチャーチには7時前に到着する。タイ人の留学生にバイバイと言った後、彼女は迎えに来た白人の若い彼氏と抱き合っている。むさくるしいおっさんの二人旅が空しい。予約していたキッズレンタカーというレンタカー会社の女性担当者Fさんが迎えに来てくれていた。日本人だ。車は空港前の駐車場に停めてある。日産パルサーのハッチバックで4WDだ。Fさんから交通ルールを説明してもらう。交差点では、日本では左側が優先だがこちらでは右が優先。だから、左折車と右折車では、左折車が譲らなければならない。GIVE WAYと表示があればそれはいったん停車に近いが、注意して進めば停まらなくてよい。地方に行くと、橋は1車線に狭まっている場合が多く、どちらかにGIVE WAYと示されている。信号もちょっと表示の仕方が違うというが、先回りして言えば、クライストチャーチを出てから信号は一つもなかった。ガソリンはレギュラーだが、ガソリンスタンドでは91と書かれた給油機から入れる。ハイオクは98と表示される。これも先回りして言えば、ガソリンスタンドは全部セルフ方式だった。
 我々の車の隣に小さな子供をつれた白人男性が車を停めた。Fさんのご主人らしい。彼らは、駐車場の出口までわれわれを先導し、街へ行く途中まで先導してくれた。彼女に残業させてしまったのだ。
 日本語を話せる人がいなくなると心もとない。いよいよ僕らの旅が始まるのだ。まず山道具屋でガスカートリッジなどの買出しをしようと、市街中心部に車を走らせる。アサフ通りの路上駐車上に車を停めると、道路の脇に駐車料金支払機が置いてある。何台分かに1機しかない。料金は30分2ドル。意外と高い。料金を支払って、リッチフィールド通りとコロンボ通りの交差点付近にいくつかある登山用品店を訪ねる。どこもすでに閉店している。まだ明るいが、時刻はすでに8時を回っているのだ。時間の感覚が狂っている。小玉さんが注意して見ていると、他の車は、料金を支払わないで停めているようだ。以後、我々もそれに倣う。
 今夜の宿泊場所を確保せねばならない。地図に、テントの形をしたマークが付されている場所がクライストチャーチの西のリカートン通りの郊外にあり、行ってみるがわからない。その手前にカウントダウンという24時間営業のスーパーがあったので、そこに戻って買い物をする。食パン、マーガリンなどの食料、調味料、酒、ティッシュなどの日用品を買う。カセットコンロ用のガスカートリッジを探すが、見当たらない。店員にキャンプ用のものだと聞いたところ、直系が3、40センチほどのでかいガスボンベを示された。小さめのプロパンガスボンベのずんぐりしたものを想像するといい。何だこれは? ニュージーランドにはカセットコンロはないのか?
 外はもう暗い。店員に尋ねるとキャンプ場はここから150m行った左側だと言う。行ってみると確かにその場所にキャンプ場はあったが、テントを張っている人はおらず、どうも雰囲気が違う。泊っていいものかどうか。戻ってカウントダウンの駐車場で寝ることにする。カウントダウンのリカートン通りを隔てた向かいにショッピングモールがあり、料理屋がいくつかまだ空いている。入った店は韓国料理屋だった。定食を食ったが、何もニュージーランドに来てまで韓国料理でもないだろうに。
 カウントダウンにはトイレが見当たらない。これはやばい。うろついていると、近くに別のスーパーがあり、そこの駐車場が広い。隣に24時間営業のセルフのガソリンスタンドがあり、清算所がコンビニになっている。そこにトイレがあったので、スーパーの駐車場に車を停め、後部シートを前に倒して床をフラットにして寝ることにする。これがハッチバックのいいところだ。
 チーズをつまみに晩酌をし、シュラフにもぐりこんで寝る。

No.33 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 10:51

IMGP1929.JPG ←ニュージーランドの一般道路は制限速度が100Km/h

3. 12月15日(土)トワイゼル
 
 登山用品店が空くのは10時くらいだろう。ゆっくり起きよう。キッズレンタカーに電話して、担当の女性に車の合鍵のことを聞く。ついでに、カセットコンロのことも聞く。WAREHOUSEというホームセンターなら売っているという。
 鍵は車のどこかに隠していると聞いたが見つけることができなかった。ま、いいか。返却するときのことを考えれば合鍵を作った方がいい。例のスーパーはショッピングモールのキーテナントのようだ。モール内の通路に合い鍵コーナーがあって、そこの若い兄ちゃんが、ノーンダラーという。ホワット? ハウマッチ? ノーンダラー。9ドルと言っていたのだ。後日、キャンプ場の受付用紙にノーンを書けといわれたことがあって、こちらのほうはnameが訛ったもののようだ。僕のような正統派イングリッシュスピーカーには聞き取れないというものだ。もっとも、正統派にぺらぺらしゃべられても困るが。
 WAREHOUSEはSouth Shopping Mallにある。昨日訪問した登山用品店のすぐ南にあり、迷うことなく見つかる。カセットコンロのカートリッジは4本9ドルのセットで高い。しかし、これは失敗だった。ガスの成分が違うのか、韓国製のアダプターでは気化しきれず、炎が不安定なのだ。
 登山用品店には日本人店員がいた。EPIバーナー互換のボンベを買う。二三種類あり、どれも使えるが、寒冷地用中型のカートリッジが約800円。日本の倍だ。これを各種とりまぜて買ったが、これも失敗だった。宿泊設備には大抵自炊設備が完備されているので、使う機会がないのだ。ハーケンも高い。1本25ドルくらいで売っている。別の登山用品店でジフィーズ食品を買う。二人分のパックで11〜12ドル。1メーカーの品しかなくバリエーションに乏しい。
 1時にクライストチャーチを出発する。郊外に出ると制限速度は100キロだ。両脇が牧場の何もない道路を走っていると、制限速度60キロの標識が現れる。町だ。家や店がぽつぽつ、または固まって現れる。1時間ほど走ったところにアシュバートンという比較的大きな町があって、レストランがあり、昼食にする。定食は10ドル少々。ジャガイモと肉主体でボリュームたっぷりだ。
 天気はよく、暑い。ここは夏だ。快調に車を飛ばす。途中キッズレンタカーのFさんが言っていた山岳道路を通る。険しい道だがガードレールもないので注意せよと忠告されていた。これが立派な二車線道路でまったく問題ない。テカポ湖という美しい湖を過ぎると、プカキ湖が現れる。そこにDOCビジターセンターがあり、立ち寄ってみる。DOCというのは、Department of Conservationの略で、直訳すれば国家管理局ということになるが、観光のための諸施設を提供している。DOCが管理している山小屋も多い。
 5時を過ぎており、ビジターセンターは閉まっていたが、無人の展示室が出入り自由だ。プカキ湖は氷河の融水を堤防でせき止めた人造の氷河湖のようだ。ビジターセンターのある氷河湖の南端から北を伺うと、まるで湖畔に佇むように、ちょこんと目立つ山がある。それがアオラキ/マウントクックだった。

No.34 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/08 (Thu) 22:15

IMGP1945.JPG ←対岸にマウントクックが見える

 ロードマップにはこのすぐ近くにテントマークが付されている。しかし、どこにもキャンプ場のようなものは見当たらない。ここから8キロのところにあるトワイゼルに移動する。登山基地となるクック村を日本の上高地に譬えれば、トワイゼルは沢渡の位置づけとなる。ただし、沢渡より規模は大きい。そこのショッピングモールに小さなスーパーがあり、食料を調達する。インスタントの味噌汁がある。日本産の米もあったがとても高く、ロングライスと書いてある細長い米にする。ビールもここで買ったが、小玉さんはウイスキーが欲しい。店員に聞くと、向かいのリキュールショップを指さされた。そこで、一番安いウイスキーを買う。銘柄はナポレオン何とかで14ドルだったが、後日、買ったときは11ドルになっていた。バーゲンか?
 初日はトワイゼルの中心から一回りしたところに見つけたB&Bバックパッカーモーテルという名のモーテルに泊まる。キッチンがあるが、部屋から離れるのは面倒なので部屋のそばの屋外のテーブルで料理を作りかけたが、雨が降ってきて、部屋に移る。さっき買ったトマトソースで小玉さんがこだわりのスパゲッティを作る。うまい。日本出発以来、手荷物重量軽減のため二枚重ねで着ていた下着を洗濯する。隣に、日本人の夫婦が泊まっている。会社を経営しているが、人に任せて長期休暇を取っているという。うらやましい。旦那曰く、ここでは天気予報は当たらない。今日も雨ということだったが曇りだ。ずつと天気が悪く、プカキ湖でクックが見えたのは数日ぶりだ。
 腰の辺りがえらく沈み込むベッドだったが、ニュージーランドでは最初で最後のベッドだった。

No.35 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/08 (Thu) 23:23

IMGP1973_0.jpg ←雨のホワイトホースヒル

 4.12月16日(日)グレンタナーキャンプ場
 
 朝から雨。モーテルの管理人にコピーを頼む。ガイドブックは見開きでA4サイズなのに、1ページずつA4用紙にコピーされ、時間もかかって割高となってしまった。
 プカキ湖のビジターセンターに立ち寄る。今日は、クックは見えない。女性の職員にキャンプ地のことを聞くと、
 「知らないけど、このあたりで適当にキャンプしていんじゃない?」
 後々経験則で知ることになるが、このマークは勝手にキャンプしてよいというようなもので、トイレ、水などの設備はない。
 80号線、すなわちマウントクック道路をひたすら北へ向かう。道路に轢死した3・40センチほどの動物の死骸がころがっている。ほとんどが外来種のウサギやポッサム(オーストラリア原産)らしい。レンタカーの説明書を見ると、これらの動物が道路に飛び出してきても避けることなくそのまま進行せよとある。外来種なのでひき殺しても構わないと割り切っているのだ。幸い、我々は、死骸を踏んづけることはあっても、ひき殺すことはなかった。死骸にはかもめのような鳥が群がっていたり、ケアというフクロウの一種の猛禽類が死骸を引きずって飛んでいたりする。道路は彼らに労せずして餌を提供する場でもある。生態系に何らかの影響を及ぼすことはないのだろうか。
 クック村のビジターセンターに立ち寄る。記念にプーポット(ウンチ回収ポット)を購入する。天気図と予報が掲示板に張り出されている。予報は文章で、なにやら難しく今日明日のことしか書いていない。これが昔行ったフランスのシャモニの町なら、
 今日nice warm day
 明日nice warm day
 明後日nice warm day
 明々後日storm
 などと簡潔に表現され、それがピタリピタリとあたるのに。
 クックビジターセンターの天気予報の文章は、12月27日のものしか書き写していない。参考までにそれをここに記すと、Fine and cloudy periods at first. However, becoming cloudy wind rain developing from afternoon, some possibility heavy in the west until evening rain easing to a few showers at night. 晴れではないということはわかるが、具体的に何がどうなのか、さっぱりわかりまへんわ。
 週間予報は出していないのかと職員に聞くと、天気は変わりやすいので出していないという。この雨はいったいいつ晴れるのだろう。
 ハーミテージホテルという高級ホテルがあって、1階売店の奥に野菜やハムなどの食料を置いてある小さなコーナーがある。日本人のスタッフも3人見かけた。ここの宿泊客は半分が日本人だそうな。
 さらにその奥の一角にアルパインガイズ社という登山ガイドの会社が移転してきており、登山用品も若干置いてある。筒状の布が置いてあって、帽子、目出帽、首巻にもなる。気に入ったので買う。
 店員といってもガイドのようだ。ルートについて聞いてみると行ったことがある口ぶりである。このときガイドブックを携行していなかったが地図があったので、フットストゥールの下山路の状態を聞いてみる。彼は地図に線を引いてくれた。下山には大体4時間くらいかかると言う。

No.36 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/08 (Thu) 23:26

1.jpg ←まるで巨大な名画だ(グレンタナーキャンプ場にて)

 ホワイトホースヒルというキャンプ指定地を訪れる。管理人はいないが掲示板の受付があって、そこに宿泊申込書がおいてある。自主的に一人6ドルを袋に入れて備え付けのポストに放り込み、控え兼領収証をテントの張綱などに結わえておけば、朝管理人が巡回して確認するという仕組だ。共同の自炊場もあって電気・ガスはないが水が使える。しかし、雨が寒々としていて、とてもここに泊まる気分になれない。合羽とスリッパ姿で散策した後、タズマン氷河を奥に入る砂利道を走って、ブルーレイクという展望台に行く。高さ50mほどの丘の上からタズマン氷河の融水湖が見える。曇っていて眺めはよくない。ここからランドクルーザなどのアウトドア車ならさらに4キロ先のハスキーフラットというところまで入ることができ、アオラキ/マウントクック山域を横断するボールパスクロッシングをする人の時間節約になるが、取りあえず我々には関係ない。
 マウントクック空港では美しい女性職員がにこやかに応対してくれた。クック山リンダ氷河ルートの拠点となるグランドプラトーまでの飛行機について尋ねる。
 「二人だと料金は高くつきます。6人だと最も割安で、一人95ドルで乗れます。ここにインターネットはないので天気予報はわかりません。飛行機が飛ぶ日は日本人スタッフが来ますが、今日は来てません。相乗りの相手はアンウィンハットで探すのがいいでしょう」
 礼を言い、辞す。
 今のところ飛行機に乗る気はあまりない。ローピークのウエストリッジは飛行機ではなく、歩いて取り付くしかないのだ。しかし、このこだわりが後で痛い失敗につながる。
 アンウィンハットは空港に程近い、ニュージーランド山岳会が運営している宿泊施設である。管理人はいない。ドミトリー(寮)方式の寝室、広くて快適な共用のキッチン兼リビングのほか、シャワーや洗濯機などが完備されている。90ドルの年会費を払った会員なら15ドルで泊まれるが、そうでない者は25ドル払わなければならない。支払は、現金をボックスに入れる。高いのでやめる。
 クック村にはユースホステルもあったので行ってみる。受付は韓国人だ。部屋は空いているかと尋ねると、部屋ではなくドミトリーだが二人OKだと言う。ただし一人25ドル。快適そうで心が動いたが、小玉さんは「止めとこ」。彼の理想は完璧な無銭の野宿だ。しかしトイレと水は確保したいし、できればシャワーも浴びたいなどと言っているうちに、それは果たせぬ夢となる。
 ロードマップには、トワイゼルに戻る80号線の途中に一見髑髏、よく見るとキャンピングカーの形をしたマークがある。モーターホームキャンプと凡例にあるが、おそらくこれが旅行ガイドに記載のあったホリデーキャンプ場だ。名をグレンタナーと言う。ここにはヘリポートもあるらしい。事務所で宿泊料金を聞くと一人サーティダラーズという。30ドルは高い、他にしようと思って行きかけるが、小玉さんがサーティーンの間違いでないかもう一回聞いて来いと言う。実にその通りであった。
 プカキ湖畔のこのキャンプ場は、森に囲まれている。共用のキッチンやシャワーのある建物がある。一室の広いリビングルームで寛いでいると、小鳥が虫を追って迷い込んでくる。ときおり、閉じ込められて部屋の中を飛び回り、賑やかだ。西日が差したまま、北のマウントクック山域から雲が流れてきて雨が降る。そうすると、虹が湖を隔てた東の山から空に向かって弧を描く。日本で見る虹は40度くらいが多いが、ここの虹は180度の完璧な弧で、ファインダーに収まりきらない。まるで巨大な古典派の名画だ。

No.37 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/09 (Fri) 22:42

IMGP2024.JPG ←ミスターワンダラーと

5. 12月17日(月)クック村〜トワイゼル
 
 5時半起床。朝焼けが美しい。しかしキッチンに置いてあるテレビの天気予報は悪い。悪天は予想していたので、フッカー氷河を3時間ほど奥に入ったところのフッカーハットがせいぜいかと相談していたが、それもやめにする。クック空港はすでに雨。美しい女性職員が、日本人スタッフは今日も来ないと言う。電話がかかってくるので話をしてみれば?といわれ、待つ。電話でその男性が、親切にいろいろ教えてくれる。
 「ひょっとしてアスパイアリング山の方が天気いいなんてことはありますか?」
 「いやあ、前線が南北に走り、ニュージーランド全土が悪いので、どこに行っても同じでしょう。それに、明日明後日の予報はいいですが、その後ろにまた前線が控えているようです」
 この二日ばかりの日程で登れそうなところとしてフットストゥールは打ってつけだ。東面のクーロワールルートはグレード3でお勧めの星マーク。ハーミテージホテルのアルパインガイズ社で、再びアドバイスを受ける。クーロワールはコンディションが悪くて落石の危険があり、止めておけという。
 「グレード2のメインデバイド(主稜線)ルートにしなさい。所要時間は登り5時間程度です」
 ついでにクック山ローピークウエストリッジのことについても聞く。フッカー氷河奥の、ベースとなるガーディナーハットから、登り12時間はかかると言う。
 「頂上付近でのビバークでは過去12人、悪天で死んでいる。その日のうちに降りなさい」
 そんな無茶な。
 ガイドブックには、フットストゥールの拠点となるセフトンビヴィ(ビヴィとは避難小屋という意味か)まで、クック村から3時間とある。明日午後セフトンビヴィまで登り、明後日フットストゥールに登る予定にする。
 11時にオールド・マウンテニアリング・カフェという喫茶店が開くので入る。ソーセージロールとコーヒー2杯で13ドル。スヌーピーの絵柄のあるクレジットカードで払ったら、若い男性店員がかわいいとはしゃいでいた。このようなことは他でもあった。これをスヌーピー効果と名づけることにしよう。
 アンウィンハットに立ち寄る。リビングの書棚に各国の山岳雑誌がおいてある。日本の「山と渓谷」も古いのがあった。韓国のものもある。リビングにいた若者に声をかけ、写真を取らせてもらう。君はクライマーか? いや、トランパーだ。あと英語でぺらぺら。他の客もそれがきっかけとなって彼らの会話が始まるがまったく聞き取れない。早々に退散。
 ビジターセンターのあるプカキ湖畔では晴れ。ポカポカと心地よい。東側の野原で荷物の整理をしていたら、雨が降り出し、あわてて車に積み込んだので、却ってぐちゃぐちゃになる。今夜はこのあたりで野宿しようか。
 買い物のためトワイゼルに戻りインフォメーションがあったので入ってみると、市街と言えるほど広くないが、街の案内地図がある。キャンプ場が紹介されていたので行ってみたら、アルパインツーリストキャンプサイトという名のそのキャンプ場は、一人一泊10ドルだと言う。今夜はここに決め!
 車から荷物を降ろし、テントを張っていると、小柄な白人のキャンパーが声を掛けてくる。
 「アイアムワンダラー」
 「君の名はミスターワンダラーか?」
 「違う、ウォークしている。トランパーだ。君らはクライマーか?」
 「そうだ」
 「じゃ、また」
 「ヘイ、後で飲もう」
 「いいね。ちょっと洗濯してくる」
 共用のキッチンで食事を作っていると、彼がコッヘルを抱えてやってくる。彼のテントに出鱈目な英語で書き置きしておいたのだが、意図は伝わったらしい。彼も即席の料理を作っているが、一緒に飲む。オーストラリアのメルボルンで建築の見積の仕事をしているが、出身はロシア、故あって故国を離れ(どんな故があったのかは英語でペラペラしゃべられたのでよくわからなかった)、オーストラリアに居を定めて10年になる。妻と5歳と1歳半の子二人。休暇?で一人旅。ボールパスクロッシングを試みたが、悪天で途中引き返した。明後日夜の便でメルボルンに帰るという。いろいろ話したが、地球温暖化についてまくし立てられ、君はどう思うかと問われたときには困った。明日は天気が回復するので一緒にセフトンビヴィまで行こうと言う。誘われて食後の散歩。小玉さんが拳法の指南をする。まるでじゃれあっているようだ。

No.38 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/09 (Fri) 22:51

IMGP2079.JPG ←セフトンビヴィが近づいてくる

6. 12月18日(火)セフトンビヴィ
 
 かなりひどい降りだ。キッチンで食事をしていると、昨日の彼がやってくる。
 「今日はどうする?」
 「もう一泊するかも」
 テレビの天気予報では全土雨。しばらくボーっとしていると、彼はどこから聞きつけたか天気が回復するという。確かに小降りになってきた。10時半3人で出発。クック村に着いたときには、雲はどんよりと垂れ下がっていたが、雨は上がっていた。
 ビジターセンターで小屋の予約をしようとすると、4人の定員のセフトンビヴィはすでに埋まっている。彼が、じゃあミューラーハットにしよう。こちらは大分空きがあると言う。ちょっと心が動いたが、僕らは登山をしに来たのであって、トランピングをしに来たのではない。職員に聞くと、テントを張るのは自由だが、石がごろごろしていて適地はないと言う。彼は、気を利かせて、ビヴィの写真があるので見せてもらえという。小屋はゆるい傾斜の上に立っており、なんとかテントを張れそうだ。登山届けを出す。
 車で入れる一番奥のホワイトホースヒルキャンプ場に車を停め、彼に別れを告げて出発する。すでに1時近くになっていた。スウィングブリッジ=吊橋を2回渡ってしばらくいくと、ストッキング・ストリーム・シェルターが現れる。シェルターも避難小屋という程度の意味だろうが、ここのシェルターはどう見ても東屋だ。ここからどういけばいいのか。地図ではセフトンビヴィの東側をテワエワエ氷河からストッキング・ストリームという沢が流れ落ちており、しばらくはこれに沿って登っていかなければならないが、道はなさそうだ。たまたま通りがかった日本人のトレッキングガイドが、
 「この小川の左岸を適当に行けばいいのですよ」
 と教えてくれた。
 一面の草原のなかに踏み入れると、本当に道はない。適当に歩いていると、沢筋がだんだんせまくなり、傾斜も急になる。どこかで右岸に渡らなければならないが、上に行けば行くほど、流れが速くなり、とても渡れそうもない。すでに草露で靴はびしょびしょなので、引き返して、ジャブジャブ足を漬けて渡った。小玉さんに至っては、ズボンまで濡らしている。そんなことして大丈夫だろうか?
 休憩していたら、はるか下を4人の人影が登ってくる。彼らは、僕らよりずっと下流を、すいすいと渡っている。なるほど確かに下の方は水路が分かれており、それぞれの水量が減るだけでなく、流れも緩いので渡りやすいのだ。
 ここまでホワイトホースヒルからすでに2時間かかっている。ガイドブックにはクック村からセフトンビヴィまで3時間とある。クック村からホワイトホースヒルまで45分という標識が出ていたから、すでに時間を使い果たしている。ニュージーランド人の体力はどうなっているのだろう。

No.39 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/09 (Fri) 22:53

IMGP2093.JPG ←チェコ人家族と

 登山路は傾斜を増すが道は比較的しっかりしている。そこを喘ぐようにして登る。テントも担ぎ上げているので、少々、荷が重い。稜線の手前で小玉さんが親キジを撃っている(すなわちウンチ)ところを下から若いカップルがハローと言って顔を出す。幸い、そこだけ道が二本に別れていたので、小玉さんが尻を出していない方を指示する。さらに稜線に出るか出ないかというところで、赤ら顔のおじさんが僕らに追いつく。話しかけるが、
 「俺はチェコ人だ。アイキャントスピークイングリッシュ」
 下の方を指差し、
 「妻なら英語が話せる」
 といって追い越していった。その奥さんが通り過ぎるのを待って、僕らも後を追いかける。17時40分小屋に着く。結局5時間近くかかってしまった。セフトンビヴィは赤い屋根で一部屋だけのかわいい小屋だ。先ほどの奥さんが6人くらい入れるから一緒に泊まれと言ってくれる。しかし、僕らは朝が早いので、固辞するが、後でお邪魔しますと言っておいた。
 小屋のすぐ隣は、整地されたテント場になっている。ちょっと離れたところにも岩小屋があり、幕営可能だ。小屋のそばに水タンクがあり、ふんだんに水が使える。この水はどこから引っ張ってきているのだろう。
 テントを張り、景色に見とれていると、赤ら顔のおじさんが小屋のそばで景色を楽しんでいるのに気づいた。こちらの方が眺めがいいですよ、と手招きするとやって来る。英語で話しかけるが、ニコニコ笑うばかり。登山が趣味ということはわかった。気持ちは通じ合っているようだ。小屋から電話機の呼び出し音がして男性は小屋に戻る。各小屋にはradioすなわち無線機が置いてあり、毎日7時に定時交信することになっているのだ。僕らにはできそうもない。
 食事を済ませて小玉さんがひそかに持ってきていたビールを持って小屋に入ると、歓迎してくれた。彼らはチェコ人の夫婦と娘、娘の旦那は英国人。女性二人は英語がぺらぺら。父親と娘婿は、直接にはコミュニケーションが取れないという変な家族だ。父親は海外も含めて結構あちこち登山をしているようで、グランドジョラスは3年前に登った。ロシアの山などにも行っている。クレイジークライマーだ。それなのに英語がしゃべれないと娘がぼやいていた。持ってきたビールで乾杯する。チェコ語の乾杯は、なんとかだったが忘れた。なお、娘はとても別嬪さんであったことを付言しておく。

No.40 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/09 (Fri) 23:03

IMGP2106.jpg ←朝焼けとともに出発

7. 12月19日(水)フットストゥール登頂
 
 朝4時起床5時半出発。下界は雲海で隠れて見えない。朝焼けが美しい。アイゼンを装着し、出発。小屋から直上し、岩場からテワエワエ氷河の下部をトラバースしなければならない。ロープを着け、コンテニュアス(同時登攀)で行動する。テワエワエ氷河の上に目指すフットストゥールが見える。そのずっと左、南西の方角にこの山域の盟主セフトン山がその勇姿を誇っている。フットストゥールはセフトン山の北にあって、セフトン山に仕える下僕の位置だ。名前の意味も「踏み台」だ。その踏み台の、当初目論んだイーストフェースがこちらを向いている。ガイドブックの写真は白い雪壁だったが、ここから見えるフェースは雪が落ちて真っ黒だ。これまでの数日の雨でだいぶ流れ落ちたらしい。こんな氷河のある高所で雨? 温暖化の影響に違いない。その麓から始まるテワエワエ氷河は傾斜の強いクレバス帯となっており、いつ崩壊してもおかしくないように見える。氷河の幅は、1キロはあろうか。そのスケールが僕らを圧倒している。
 しばらくいくと獣の足跡があった。偶蹄類のようだが何者だろう。フットストゥールのイーストリッジを越えると、すぐにユージン氷河かと思いきや、尾根自体結構広くて雪原がひろがっている。それを右上ぎみに登っていくと、また足跡がある。今度は人間のものだ。安心して後を追いかける。岩の下の狭い雪の棚を過ぎるとユージン氷河に入る。アルパインガイズ社で引いてもらった線は、ここからイーストリッジをへつるようになっているが、そこはクレバスに遮断されておりとても通れない。トレースは、ユージン氷河のど真ん中を直上している。そこを、小玉さん先導でゆっくり登っていく。日差しが強く暑い。日焼け止めクリームを塗ったが、汗でだいぶ流される。
 狭いクレバスをいくつか越えると、さらに上部のクレバスの手前でルートが左右に分かれている。右だろうか左だろうか。右は大回り、左は回りこんだところのクレバスの状態がここからは見えない。下をみると、古いトレースがクレバスに切断されている。あのようになっているかもしれない。
 迷った末、左に行くとスノーブリッジがあり、なんとか上の斜面に出ることができた。傾斜は45度。ひたすら登ると、大きなシュルンド(壁と氷河との間にできた隙間)があり、日に照らされて水がポタポタ落ちている。大休止。コッヘルを出して受け止めるとすぐに水が溜まる。口に含むとうまい。これで大分水の節約になった。
 シュルンドの手前右上に小さなスノーブリッジがあって、それを超え、なおも右上していくと傾斜が緩くなる。5、6m程度の雪壁の、簡単そうなところを選んで上ると稜線に出る。ガラ場と雪の混じった緩やかな稜線からは、フットストゥールの頂上が間近に見える。あそこまで1時間くらいだろう。マウントクックの西面の姿も圧巻だ。目標のローピークウエストリッジは取り付きあたりがクレバスだらけなのが見て取れる。ありゃとても僕らでは登れない。

No.41 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/09 (Fri) 23:08

IMGP2157.jpg ←スノーブリッジを越える

 ガラ場を過ぎると雪稜は傾斜を増していく。意外なことに、またクレバスが出てきた。スノーブリッジを渡った正面はほぼ垂直の雪壁で、スタカットに切り替え、小玉さんがスノーバーを打つも、氷の層にぶつかって入らない。そのまま越える。さて、広い雪壁だ。左の方が若干傾斜は緩そうだが、雪崩が怖い。小玉さんの指示で直上すると、傾斜はなおも増す。3ピッチ目、そろそろ限界か? 上部に2、3m程の雪庇が張り出している。遠くに見えたが、雪ばかりで比較するものがない錯覚だった。その手前でピッチを切り、小玉さんリードで雪庇を越える。新たな稜線が出てきた。最初の稜線に出てからここまですでに1時間経過している。山の規模の感覚がわからない。しかし、あとは緩やかな雪原が続くのみだ。山頂はガラ場で、左に低い同様の前衛峰があり、その間のルンゼ状のところもガラ場となっている。ガラガラと大きな音を立てて山頂付近から落石が起きる。その落石の巣となっているガラ場のルンゼを慎重に登る。このような岩登りならお手のものだ。上部に再び雪渓が出てきて、その最上部でロープを解く。日本のグレードで3級程度ののぼりだが、ノーロープで大丈夫だろう。石を落とさないよう注意して登り、11時50分に頂に立つ。登高に6時間半もかかってしまった。
 登ってきたのと反対側、20m離れたところにも小さな頂が見える。フットストゥールは双耳峰だった。しかし、こちらの方が若干高い。東面は断崖絶壁となっている。西面も急峻なガラ場の続く斜面になっている。どちらに落ちてもひとたまりも無いだろう。西側から雲が出てきてセフトン山はもう見えない。写真を撮りあい、登ってきたルートを降りる。途中、大きな石を東面に落としてしまう。石は派手な音を立てて落ちて行く。
 ロープをつけて最後の雪渓からガラ場をスタカットで降りる。雪庇の下の急な雪壁もスタカットだ。その中ほどで確保していると、雪の中からちょろちょろと水の流れる音がする。この下は空洞になっているのだろうか。しかし、崩れそうには思えない。降りは3ピッチぎりぎりだったが、最後はスノーブリッジではなく、上から見て左側の岩稜を下る。こちらの方が簡単だった。ガラ場と雪渓の混じった稜線を過ぎ、雪原に降りたあたりから、ガスが辺りを覆ってきて風が強くなり、寒くなる。水を汲んだシュルンドはもう凍り付いているようだ。
 ここからさらに傾斜が強くなるので、再びスタカットに切り替える。4ピッチほど降りたところで、クレバスがでてくる。登ってきたルートではなく、もっと下から降りようと小玉さんが言う。登るとき、彼はトレースを見つけていたのだ。その下のさらに大きなクレバスの手前まで降り、氷河の中央部までクレバスに沿ってトラバースする。クレバスを渡るともう傾斜はゆるい。コンテニュアスで、すなわちロープをお互い繋いだままでひたすら下る。再び、天気は良くなってくる。クック村が氷河に浮いているように見える。ユージン氷河に別れを告げ、イーストリッジでトレースを見失う。しかし、テワエワエ氷河とセフトンビヴィは見えているし、迷うことはない。テワエワエ氷河をトラバースしていると、雨が降り出した。雹も混じっているようだ。下降を急ぐ。セフトンビヴィに帰着したのは、16時。降りは4時間で予定通り。しかし、休憩なし。
 チェコ人の家族はもう降りてしまって、小屋には誰もいない。雨が時折ぽつぽつ降ってくるので、荷物を小屋に移動し、ゆっくりパッキングする。
 17時40分、セフトンビヴィに別れを告げる。沢まで時折後ろ向きになるかなり急な降りだが、登ってくるときより道は明瞭に思える。沢はチェコ人家族が渡ったあたりを渡渉すると、なるほど簡単に渡ることができる。ストッキング・ストリーム・シェルターには19時30分、ホワイトホースヒルには20時30分ごろの帰着。道端のテーブルで歓談していた4人の白人の女の子が声をかけてくる。
 「クックはどこから見えるの?」
 「ストッキング・ストリーム・シェルターまで行けば見えるよ。」
 地図を出して説明する。でも本当は、すぐ近くの記念碑まで行けば見えることを知らなかった。彼女らはサイクリストらしく、そばに自転車が立てかけてある。自らもサイクリストを自認している小玉さんはその自転車が気になる。僕が説明している間になにやらパフォーマンスをして、彼女らを笑わせている。
 僕は下山届けを出しに車でビジターセンターへ。気がつくと、マウントクックは夕日で真っ赤に焼かれている。
 ホワイトホースヒルの炊事場兼食堂で食事を作る。すでに真っ暗だ。今夜だけランタンが役に立つ。

No.44 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 07:12

IMGP2243_0.jpg ←登山道からフットストゥール(右)とセフトン山を見る

8. 12月20日(木)ミューラーハット
 
 のんびり起きる。昨日の疲労感が心地よい。今日はどうしようか。天気はよい。インターネットの予報も二三日よさそうだ。ガーディナーハットへ偵察か。しかしそれはクック山ローピークのウエストリッジを登ってこそ意味のある偵察だ。昨日の氷河歩きに圧倒され、1日でウエストリッジを登り降りてくるという芸当は、僕らにはできそうもない。別のどこかピークを登って、僕らのコレクションを増やすことにしたい。ハーミテージホテル1階のソファーで二人角つき合わせて相談する。ガイドブックを見ると、ここから南西、シアリー山域の盟主たるシアリー山が目に付いた。そのウエストリッジはグレード2でちょうどよさそうだ。
 日本人団体客がぞろぞろと食堂に入って行く。女性の添乗員がどこかで見た顔だと小玉さんが気づく。オークランドでお世話になった添乗員だ。
 「こんにちは、あの時はどうも」
 「あら、すっかり山男になって」
 「昨日フットストゥールに登ってきました」
 「へえ、すごいですね」
 「こちらのガイドは、みな歩くのが早いんでしょうか?」
 「ミューラーハットへいったことありますけど、予定通り3時間半くらいだったと思いますよ」
 そう、僕らはセフトンビヴィでガイドブックにある所要時間に疑問を感じていたのだ。一応これで安心した。
 アルパインガイズ社でシアリー山について聞いてみる。ウエストリッジは状態が悪いので、サウスウエストフェースにせよと言う。素直に従うことにする。シアリー山へ行くには、基点となるミューラーハットから長々とシアリー山域をトラバースしなければならない。地図にはそのルートなぞ記されていない。そこでガイドブックをコピーした写真にルートを線で引いてもらった。これは相当のロングルートで5時間はかかる。みんなシアリー山の麓で幕営しているよ、とのアドバイス。ローピークとはまた違うアドバイスだ。
 ついでにマウントクックには誰か登ったかと聞いてみる。今日2パーティ登ったとのこと。え?まだ昼前だがもうわかるの? すでに心はローピークウエストリッジから一番ポピュラーなリンダ氷河ルートに変わっている。飛行機を使わなければならないが、安く上げるには6人で乗るのが一番いい。
 「他に登る客を知りませんか?」
 「二人の日本人が24日にフライトすることになっている。ガイドも日本人だ。これでちょうど6人になる」
 「なんとかコンタクト取れませんか?」
 「彼らは今ここにはいない。君らの連絡先を教えてくれたら伝えてあげよう」
 紙に僕らの携帯のEメールを書いて渡す。
 「これからシアリーに登って23日には降りてきます。またここに来ます」
 ホワイトホースヒルに戻り、15時50分、日本では考えられない遅い出発だが、夜10時まで明るいので問題ない。
 道は整備されて広く、登りは階段になっている。多くの人とすれ違う。日本人も多い。道々、缶詰の空け方の話になる。ハーケンで空けられると小玉さんは主張する。
 「衛生的に問題ないですか?」
 「そんなん一緒やで」
 言う相手を間違えた。
 しばらく行くと、3人の女性とすれ違う。昨日のサイクリストだ。
 「あと一人はどうしたの?」
 「下で休んでるのよ」
 なんと、件のチェコ人のおじさんとその娘にも遭遇する。
 「他の二人は?」
 「下でギブアップしている」
 ヨーロッパ人は他人に自分を合わせるということをあまりしない。
 「どちらまで?」
 「ミューラーハットのすぐ近くのビクトリア山まで行ってきた」
 小玉さんが、
 「チェコ語で乾杯はなんて言うんでしたか?」
 「ナ・ズドラヴィー」
 「グッドバイは?」
 「ア・ホーイ」
 忘れないようにメモする。記念に写真をパチリ。

No.45 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 07:13

IMGP2270repair_0.jpg ←ミューラーハット

 稜線に出る手前で3人の若者が尻セードを楽しんでいる。それを横目に見ながら上ると、大きな鳥が飛んで行く。羽の裏が赤い。女性一人を含む三人連れがその鳥の写真を撮っていた。
 「ケアですね」
 と聞くと知らないという。
 「これから下るのですか?」
 「いや、ぶらぶらしている」
 きっとミューラーハットに行くのだろうと思い、See you laterと言って分かれる。しかし、彼らは来なかった。
 ミューラーハットは立派な鉄骨を組んで、高床式に作ってある。大きなガスボンベと、水タンクがベランダに備え付けられている。ワーデンすなわち管理人の部屋が入り口を入って右手にあったのでノックする。背の高い、ラフな格好をした中年男性が出てきた。登山届けの半券を見せる。これは、利用料を払ったという証拠である。キッチンは適当に使えと言う。
 大部屋が二つあり、それぞれ木の床が二層作りつけられている。僕らは空いている南側の部屋の下の一角と毛布を確保した。キッチンに入ると、数人がなにやら話をしている。ハローと言って入る。その中の三人連れと目が合う。
 「シアリー山に登りに来ました。クック山にも登りたいです。」
 と片言英語で自己紹介すると、その中の一人がクックは12回登ったという。
 「あなたはガイドですか?」
 「そうです。日本にもスキーで行ったことがあります」
 小玉さんを指差し、「He is a good skier, too. But only he said that」と言うと、笑ってくれた。
 他の二人のカップルは親子か夫婦か。ずっとあとでひょんなことから親子とわかる。5日間の日程で、山登り講習を受けに来たのだという。オーストラリア人だそうだ。
 キッチンには立派なガスコンロが備え付けられている。トワイゼルのキャンプ場にあったのと一緒で、コックを左に45度ひねって火をつけると最も火力が強くなり、90度まで倒すと弱火になる仕組みだ。最初は変だなと思ったが、弱火にするときに誤って火を消すことがない。考えてみれば合理的だ。キッチンからベランダに通じるドアがあり、その外に巨大な水タンクがいくつも設置されている。一番手前のものの下部に蛇口が取り付けられており、水が汲める。食器を洗うときなどは、大きなボールに必要に応じてタンクから水を汲んできて、キッチンのシンクで使うようになっている。
 小玉さんがスパゲッティを作る。トマトソース味でにんにくが利いており、なかなかいける。食事を済ませた後で、一人でジフィーズを作って食っていた客から
 「ナイスミール」
 と声を掛けられる。
 地図はコピーしか持ってきていないので、管理人に磁北偏移が何度あるか聞きに行った。どういえばいいか迷った挙句、トゥルーノースとコンパスノースのディファレンシーズ・ディグリーを知りたいと言ったら、何とか通じた。なにやら難しい回答が彼の口から繰り出される。ポケっと聞いていると、シアリー山は南西23度の方向だよと言って僕のコンパスを合わせてくれた。下山後に確認すると、磁北変異は東に21度もあった。
 「明日朝早いので、ノイズが出ますがすみません」
 「気にするな。グッドナイト」

No.46 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 07:22

IMGP2347re.jpg ←氷河の尾根からマウントクックを振り返る

9. 12月21日(金)シアリー登頂
 
 全然眠れない。4時に起きることにしていたが、10分おきに時計を見ていたので、時間通りに起きると、目覚ましもないのにと小玉さんが驚く。朝食はパンをフライパンでいためてトーストにする。いける。5時20分、未明の薄明かりの中を出発。僕はアイゼンをつけたが、小玉さんは無いほうがいいらしい。ずつと尾根をトラバース気味に行くので高度を上げずに済む。めまぐるしくガスが出たり晴れたりする。雪渓が続くが、時折岩稜が出てくる。トレースを頼りにしていたが、そのうちわからなくなった。本当は途中で尾根を登らなければならかったことが後でわかるが、僕らはずつと高度を上げることなくトラバースを続けた。大きな岩稜帯が行く手を阻む。下の方は見えない。上部の傾斜のゆるいところを抜けると、再び雪渓が出てきて、その中に水たまりができていた。口に含むとうまい。はるか南方に巨大な雪渓が見える。あれがアネットプラトーだろうか。それとも、シアリー山手前のメテライレ氷河だろうか。メテライレ氷河だとしたらアネットプラトーはどこだろうか。
 すぐに着きそうに思えるが、なかなか到着しない。見ている景色はまるで絵の中にいるようだが、額縁から遥かにはみ出している。
 いつの間にか、メテライレ氷河に踏み入れている。ということはアネットプラトーをパスしたということだが、そのときは気づかなかった。真正面にいくつものクレバスが進行方向に平行に走っている。ここでロープを着ける。クレバスとクレバスの間は、またクレバスで遮断されているが、よく見ると、1本、向こうへ抜けれそうなルートがある。その中を慎重に進む。この広いクレバス帯も、もっと広い氷河のごく一部に過ぎない。
 ミューラーハットの管理人が教えてくれた南西23度の方向にシアリー山が見える。ここから見るシアリー山は、ガラ場の山だ。その巨大な岩稜と、その右のマッセイ山の岩稜との間のスレドンサドル(サドルとは鞍部のこと)から雪面が滑らかに流れ落ちてきている。そのど真ん中に、ストレスがたまってシワのようにクレバス帯ができている。そのシワなんともいじましい。左側にトレースが残っていて沿って進む。登りきると、だだっ広い真っ平らな雪原になっている。スレドン氷河の源流部であり、時計回りに、マッセイ、シアリー、ジーン、ジャネットという名の2500m前後の岩山とその稜線に囲まれた雪原で、こういうのをニーヴェというのだろう。左側は名もない2344m峰の麓が岩山をえぐるように深く窪んでいる。なるほど、このあたりは幕営適地だ。10時。少し回り込むと、岩稜帯の向こうに頂上が見える。あそこまでならノーロープで1時間もかからないだろう。5時すぎに出発したので、約5時間。予定通りか。ロープを解き、リュックを置いて空荷で登ることにする。
 間違いに気づくのに時間はかからなかった。ロープ1本分、50mも歩くと、さっき頂上と思ったその左側はるか上の奥の雪壁の、さらにその上に本当の頂上が見えてくる。あわてて引き返し、ロープをつけて登りなおす。偽のガラ場を越えると傾斜が徐々に強まる雪壁だ。ほぼ中心に岩棚が見えており、そこからスタカットに切り替える。傾斜は60度くらいだろうか。下から見ると、それ以上に見える。確保していると、小玉さんは僕らを照らす太陽に向かって登っていく。まぶしい。ちょうど1ピッチのところに都合よく岩棚がある。さらに30m登れば岩稜帯だ。傾斜はさらに強まるが、スノーバーを打つことなく、雪壁と岩稜帯の境目の雪のテラスに到着する。再度小玉さんが15mほどリードして稜線に出る。大きな岩のガラ場であり、一見怖そうに見えるが、スタンス、ホールドは豊富で、ノーロープで登れそうだ。小玉さん先頭で50mばかり登ると、雪の残る広い頂上に出た。真っ青な空の下、遠くクック山が見える。西向かいの主稜線には、当初計画書に記したバンパイア山の東壁があるはずだかどこなのか。そこにいくには、さらにここから数時間の距離のバロンサドルハットという小屋に向かわなければならない。さらにアップダウンを繰り返さなければならず、時間がかかりそうだ。今の僕らにとっては無謀だ。ここまできたのだから十分だろう。

No.47 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 07:25

IMGP2403re.jpg ←雪璧を降る

 降りも少々怖かったが特に問題ない。雪壁は3ピッチスタカットで後ろ向きに降りる。それから今度はまっすぐおりる。雪壁下部は、例の偽岩稜帯まですり鉢の底のように傾斜を緩めており、恐怖感はない。リュックのデポ地点まで戻る。休憩しながら、いまさらながらルート図を確認すると、僕らの登ったサウスウエストフェイスはグレード1と書いてある。あの雪壁がグレード1? ショックを受けるが、これは何かの間違いに違いない。これまでのルートを引き返すことを考えると、少々うんざりするが、歩くしかない。
 トレースは、クレバス帯の上部に走っている。僕らは来た通り、クレバス帯を戻る。暑い。途中水溜りがあるのが奇異に感じられる。
 来た道はずつと下部であったが、メテライレ氷河を過ぎると何となく上の方を戻っていることに気づく。ならばそのまま稜線に出てみよう。ところが、稜線の筈が雪原だった。これがアネットプラトーだ。本来、このプラトーを詰めて鞍部を越えてメテライレ氷河に出るのが正しいルートだったのだ。ミューラー氷河上を小型飛行機が遊覧していたが、僕らを伺うように一回りしてきた。それを除けば静かだ。
 アネットプラトーを下ると、ミューラー氷河が迫って見える。降りすぎてないか、と不安になる。足元の雪渓からいきなり氷河の川床が見えるのでそのように見えるのだが、対岸の主稜線から切れ落ちる壁の高度から推測すると、氷河の底まで数百mはありそうだ。
 数時間その調子で歩いただろうか、前方に3人の人影を認めた。とりあえずルートは間違っていない。例の3人組だろう。彼らは、岩稜の向こうに消え、しっかりしたトレースも出てきた。彼らの消えた岩稜を回り込むと、クック山とミューラーハットが見える。
 16時50分、小屋に帰着。ワーデンに報告する。客が大分入れ替わっているが、例のガイド率いる3人組は今日も一緒だ。
 「さっき、遠くから見かけましたよ」
 「ええ、僕らも今帰って来たばかりです」
 「今日のルートは長くてしんどかったです。あれは本当に1級ですか、こんなロングルートをトラバースして、最後の壁が1級というのは信じられませんが」
 ガイドは、こともなげに、これが普通だという。
 「マウントクックにはいつ行くの?」
 「24日フライトの予定です。だから25日に登頂できるといいですね」
 「クリスマスの登頂ですか?」
 言われて気づく。僕らは24日にフライトできるものと思い込んでいる。
 今夜は、ここでもう一泊。再び、スパゲッティを作って食べる。アベックのパーティが入ってくる。女性は太いスノーバーを二本もリュックに差している。どこへ行くのかたずねたら、シアリー山にいくという。それは今日行ってきたよというと、壁はどうだったかと聞かれる。昨夜の寝不足も手伝って、早々に眠る。今夜は熟睡だ。

No.48 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 07:30

IMGP2457.JPG ←朝焼けのセフトン山(左)とフットストゥール(右)

10. 12月22日(土)ミューラーハット〜ワナカ
 
 のんびり朝寝。するつもりが、例のアベックが起きだしたので目が覚めてしまった。彼らは5時過ぎには出発していった。小玉さんは一緒に起きて、一言言葉を交わしたらしい。が、彼も再びシュラフにもぐりこんで眠ってしまった。僕は5時半ごろ起きだして、小屋から20mほど離れたトイレに立つ。快晴だ。これはいかんとカメラを取りに戻る。見回すと、近くにピークがある。ビクトリア山だ。眺めがよさそうだし、10分ほどで着けそうだ。遠く東の長稜から今にも朝日が顔を覗かせそうだ。すでに反対側の主稜線のセフトン山はばら色に染まっている。頂上に着くのとどちらが早いだろうか。間に合えば、きっとクックにも登れると念じる。焦ったが、一歩およばず、あと10mのところで日が差してきた。あたりは真っ赤だ。夢中で写真を撮る。
 はるか北方にクックが見える。反対の南にはシアリー山。西はミューラー氷河を隔てて主稜線の迫力のある壁が迫って見える。東は大雲海。見ていて飽きない。
 朝食を済ませて荷物をまとめ、管理人に別れを告げる。外に出ると、例の三人組がビクトリア山の麓の雪渓で、ステップカットの練習をしている。いまどきシュタイクアイゼンの前爪にステップカットがいるものなのか、それとも一般教養なのか。手を振って彼らにグッドバイと叫ぶと彼らも手を振ってくれた。小屋にいる他の登山客も手を振ってくれる。
 快適な下山路の途中、シアリーターンズに立ち寄る。ターンとは沼のことだ。複数形となっているのは沼が二つあるからだろう。そこから登山道をはずれてミューラー氷河の方に道がついている。行き止まりが展望台だ。ベンチがあるわけではない。そこから、モレーンに囲まれた氷河の末端が見える。暖かい夏のため地面がむき出しで、取り残された水が池になっている。その一つがハート型をしているのが印象的だ。モレーンの高さは、50mはあるだろう。まるでクレーターだ。
 登山道を下りきると、同じようにミューラー氷河の方向に道が分かれている。ケアポイントという名の展望台で、多分鳥のケアがたくさんいるのだろう。しかし、僕らは、ケアは見なかった。この展望台は、モレーンが作る高台にあり、いきなり氷河に切れ落ちている。落ちたら、などと想像してはいけない。蟻地獄だ。

No.49 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 07:35

IMGP2522re.jpg ←羊の群れが道路を塞ぐ

 下山届けをビジターセンターに提出し、インターネットで天気を確認すると、状況はよくない。どうしようか。今日明日は持ちそうだが、明後日の23日からしばらくは荒れそうだ。食料も尽きてきたし、とりあえずトワイゼルには行かなければならない。こんなことなら、この晴れ間にグランドプラトーに行けばよかった。しょうがないのでワナカに行ってフリーでもやろうとか。ワナカはアスパイアリング登山の基地でもある。アスパイアリングは、ニュージーランドのマッターホルンといわれる秀麗な山だ。標高こそ3000m程度だが、登る価値は十分ある。クックがだめならアスパイアリングがあるさ。
 出発して暫くすると、羊の群れが道路を押し寄せて来る。車を停め、群れが去るのを待つしかない。後ろから牧羊犬を従え、おじさんが一人悠然と歩いてきて、悪びれる様子もなく、やあ、と手を上げて去っていく。
 トワイゼルで給油を済ませ、幹線に出たところで若い女性二人組のヒッチハイカーが手を上げる。
 「停まろうか
 「そうしましょう」
 Where are you going? と問いかけると、彼女らは僕らをみるなり、おや?という顔をして、ホワイトホースヒルで会ったし、ミューラーハットへの道でも会ったという。白人の女性がみな同じ顔に見える僕には、「あれ、そうでしたか?」。あのときも向こうから気づいてくれたのだった。
 車の後部座席は僕らの荷物が散らかっていたが、なんとか、荷物を押し込めて彼女らに乗ってもらう。クイーンズタウンまで行きたいが、ワナカに行くなら途中のタラスで降ろせとのこと。
 「どこから来たの?」
 「ドイツから」
 「学生?」
 一人はセラピストだという。他の二人はどうしたのだろう。道行くサイクリストを指先、友達か? と聞くと、
 「あの二人にはたまたま会って、クック村で仲良く一緒に泊まったのよ。もともと関係ないわ。私達はヒッチハイカーで、彼女らはサイクリストなのよ」
 運転は小玉さんだ。山岳道路に入るので大丈夫かと思っていたら、カーブに差し掛かる度に、後ろの席で彼女らが明らかに身をこわばらせている。道路の真ん中のウサギの死骸を、普通に走らせれば跨げるのに、わざわざ踏んづけたときには、僕も思わず声がでた。きっと彼女達は後悔しているだろう。まだまだ人生これからだと言うのに。
 「彼の運転危ないね」
 「全然問題ないわ」
 やさしいね。
 タラスの町は、地図に太字で記載されているが、建物が4軒しか見当たらない。なんとその中の一軒にはスクールという文字が見える。あたり一面羊はいるが人のいない草原が広がるニュージーランドでは、学校に通うのも一苦労だろう。ここで、彼女達が降りる。車がつかまらなければ、適当にテントを張るという。
 タラスからは西に向かう。午後3時過ぎ、ワナカにつく。ワナカ湖畔の美しい町だ。DOCのビジターセンターは、町の手前の道路標識ですぐに判別がついた。木立の中の三角屋根の綺麗な建物で、クック村のそれより大きい。中に入り資料を見ていると、カウンターの中から女性職員が親切に話しかけてくる。
 「アスパイアリングに登ろうかと考えています。コンディションはわかりますか?」
 女性は、最近登った記録があるといって、ノートを持ってきてくれた。それを読むと、アスパイアリング山南稜を上った記録だ。一読して、結構難しいようなことが書いてあるが、僕の英語力では素直に頭に入ってこない。コピーしてくれたので、後でゆっくり読むことにしよう。

No.50 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 07:39

IMGP2526.JPG ←ヒッチハイカーのドイツ人女性二人と記念写真

 彼女はさらに登山ガイドの会社を二つ、ワナカの観光案内図にマークをつけてくれる。アスパイアリングガイド社と、アドベンチャーコンサルタント社だ。
 フリークライミングのエリアとしては、ホスピタルフラットがあります、と言ってガイドブックを持ってきてくれた。それは35ドルもするのでとても買えない。僕は、知り合いから借りたニュージーランド全土のフリークライミングガイドブックを持っていたので突き合わせる。これは全国版なので、紹介されているルート数は限られているが、クック山から浮気しに来た身としては十分だろう。
 「天気悪いですね」
 「それならクライミングジムもありますよ」
 ワナカの観光案内図には、ジムの記載もある。
 「キャンプ場はありませんか?」
 「いくつかあるけど、お勧めはアウトレットキャンプ場よ。割引券をあげるわ。13ドルだけど、2割引になるわ」
 これはいい。早速、そこに向かう。ビジターセンターから車で7分と聞いていたが、信号がないので、大分走った気がする。ワナカ湖畔のそのキャンプ場は、牧場の奥にあった。立派な体格の女性が応対してくれる。とりあえず1泊。ディスカウントは、連泊しても有効だとのことで安心する。キッチンにはガス、トースター、オーブンがあり、シャワー、洗濯機もある。残念ながら乾燥機はない。
 テントを張り、洗濯を済ませてから街に買出しに行く。一番の繁華街と「地球の歩き方」に書いてあるヘルウィック通りに車を止めてうろついていると、大きなスーパーがあって、買い物を済ませる。
 アドベンチャーコンサルタント社へ車を走らせるが、マークをつけてもらったところは普通の住宅だ。周囲を歩き回っても見つからず、諦める。じゃあ、アスパイアリングガイズ社だ。こちらは市街中心部にある。地図のマーク近くに車を停め、探すが、こちらもよくわからない。近くにちょうどツーリストインフォメーションがあったので聞いてみると、すぐそこだという。なるほど、彼女の指差す真正面に、目指す建物があった。
 その建物の裏手にまわり、階段を上って廊下を奥に入ったところがアスパイアリングガイズ社のオフィスだ。背の高い、スマートなガイドが一人、応対してくれた。
 「アスパイアリングに登りたいと思っています。しかし好天が28日しかありません。31日には日本に帰ります」
 「ヘリでアスパイアリングに登るのには、ヘリで飛ぶ日も晴れていなければならないので、最低二日は必要です。コリントッド小屋に行けば、そこから往復で10時間、のぼり6時間、降り4時間くらいでしょう」
 小屋のことが頭に入っておらず、ハテナという顔をしていたら、Do you know Colin Todd Hut? というので、地図を出した。なるほど、アスパイアリング山のウエストリッジから程遠くない位置に小屋がある。
 「好天が望めない場合は、歩いて行った方がよい」
 彼は、鉛筆を取り出し、
 「この地図には間違いがある。クオーターデックパスの位置はもっと東だ」
 と言って、アスパイアリングへのアプローチのフレンチリッジに線を引っ張ってくれた。
 「帰りは、ビーバンコルから降りるのがいいだろう」
 「アスパイアリングは何度も登っているのですね?」
 「Yes. It’s my mountain.」
 キャー!カッコいい! 僕らの目は、少年が立派な大人を見て尊敬する目となる。もっとも僕は49歳で、多分彼よりはるかに年配だ。
 もう帰宅時間だという。礼を言って辞す。
 キャンプ場のキッチンで調理していると、隣で、若者二人が料理を始めた。鍋に入れた米に油を注ぎ、塩を振りかけて炒めている。小玉さんが覗き込んだ。何だという顔をされたので、
 「日本では米は必ずボイルしている。こんなことはしない、どうするのか?」
 油をひたひたにし、塩をかけて炒めたのち、水を注いでさらに煮るそうだ。要するにピラフだ。

No.51 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 07:44

IMGP2540.JPG ←アスパイアリング山の登山基地ラズベリーフラットには何もない

11. 12月23日(日)ワナカ・ラズベリーフラット
 
 ホスピタルフラットでフリークライミングをした後、アスパイアリング登山の出発点となるラズベリーフラットまで偵察に行くことにした。
 先にビジターセンターに立ち寄り、教えてもらったインターネットカフェを訪ねる。備え付けデスクトップの利用が1時間8ドル、または1分単位で10セントという料金体系だ。Metvuwという天気予報のサイトには1週間の気象予想図が6時間ごとに表示される。27日に若干天気がよくなるが、28日午前1時の予報は悪天。その後3日間は好天。クック登山は通常午前0時に起床して1時出発だ。28日の午前1時が悪天であれば、28日の出発はない。29日の登頂か。31日の帰国のフライトまでぎりぎりだ。レンタカーはクライストチャーチ空港で乗り捨てればよく、31日の午前3時までに空港に着けば日本に帰ることができる。よって30日の下山でもよいが・・・。
 週間予報はプリントしてもらう。
 ワナカ湖に注ぐマツキツキ川に沿って、ラズベリーフラットまでワナカ道路という道が走っている。その途中、ワナカから車で20分くらいのところの平坦な盆地に岩場が点在している場所があり、そこがホスピタルフラットのはずだ。ところが車を走らせていると、どこがホスピタルフラットかよくわからない。そのうち、道路は砂利道となってしまった。そのままラズベリーフラットに向かう。乾燥しているので、はるか先をいく車の砂煙が濛々と立ち上がっているのが見える。
 右にマツキツキ川が見える。すでに両側は高い山となる。雪はなく、登山路がときおり見える。並木道のように、ずっと道路の右側を大きな樹木が並んでいる。1時間くらいとガイドブックには書いてあったが、なかなか着かない。後ろからセダンが僕らを追い抜いていくが、急にスピードを緩める。沢の渡渉があるのだ。それから快調に飛ばしていると、FORDという標識が見えたかと思うと、急に沢が現れて、スピードを出したままザブンと突っ込んでしまった。最初の渡渉の時には標識に気づかなかった。その後出てくるFORDの標識の次には必ず沢が出てくる。後で渡渉という意味だと辞書を引いてわかったが、FORDと言えば、アメリカの自動車メーカーか元大統領というくらいの知識しかない。
 ラズベリーフラットは、地図にiという文字をあしらったマークがついている。インフォメーションという意味だ。しかし、駐車場とトイレと掲示板があるだけで、ビジターセンターのような管理人がいる建物があるわけではない。掲示板に張り出してある山小屋やトランピングルートの表示がインフォメーションという意味だと知れる。マツキツキ渓谷のある西を眺めるが、空はどんよりと曇っており、今朝見えていた山の頂は見えない。
 荷物は全部持ってきているので、トランピングできなくもなかったが、当然、行く気にはなれない。なすこともなく、ぶらぶらする。近くの牧草地で一人テントを張っている者がいる。小玉さんが近寄って話しかけているが、ハローと言っただけのようだ。キャンパーは、そのままテントにもぐりこんでしまった。小玉さんは戻ってきて、彼は何をしに来たんだろうと不思議がる。
 掲示板を見ていると、12、3歳くらいの少女を連れた夫婦がハイキングスタイルで通りがかる。どちらまで?と問いかけると、マツキツキ渓谷を遡上し、まず、ロブロイ沢を登り、今夜はアスパイアリングハットに行くと誇らしげに語った。お勧めですよというので、予約が必要なのではないですかと返すと、そんなものは別に要らないという。
 何もすることはなく、帰ることにする。天気が気になる。ここに来るまで、時間を使ってしまった。午後は、天気予報を確認し、例の日本人パーティになんとか連絡を付けたいという気になっている。30分ほど戻ったところで、道端の岩に張り付いている人がいて、車を停める。

No.52 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 07:49

IMGP2571.JPG ←フリークライミングを楽しむ

 ここはホスピタルフラットの数ある岩場の一つ、ロードサイドエリアだ。我々もちょっとだけ登ろうという気になった。やさしいルートを選んで小玉さんが登る。ニュージーランドグレードで17、換算表を見ると5.9だ。しかし、どうみても10a以上あるのではないか。
 この日は3本ずつ登る。あとからアベックが一組、4人連れが一組やってくる。アベックの男性がかなりうまい。僕らは、クラックからハングのルートでカムをつかったが、彼らもそこに行こうとして、カムのサイズを聞いてくる。最初カメラ?と聞き返した。
 「カムだよ」
 小玉さんが言う。こういう時、彼のヒヤリング力は鋭い。このようなことは何度もあった。
 ワナカに戻り、ビジターセンターで天気図を確認する。今朝見落としていたものだ。例の親切な職員にマウントクック空港の電話番号を教えてもらえないか頼むと、困った様子だ。礼を言って去ろうとすると、Waitと呼び止められ、どこかに何やら電話していたが、調べが着いたらしく、僕らに電話番号を教えてくれた。携帯から空港に電話し、日本人が予約していないか聞いてみたが、予約は一杯あるのでわからないという。日本人のスタッフは今日も来ていない。アルパインガイズ社の電話番号はガイドブックに記載があったので、電話する。例の日本人からコンタクトはあったか? すると、日本人が電話口に出てきた。ガイドだという。事情を説明し、同乗させてもらえないか頼むと、確かに定員は6人だが、食料を乗せるので、乗れたとしてもあと一人だそうだ。
 「天候は悪いようがそれでも飛ぶのですか?」
 「我々は1週間分の食料を持っていくので、当然登ります」
 なるほど、そういうことだったのか。客はガイドと1週間の契約をするので、チャンスを逃さないため、とにかくフライトして待つのだ。僕らもそうすべきであった。あの晴れ間にフライトしなかったことは痛恨であった。しかし、明日24日は悪天が確実だ。フライトはないに違いない。焦っても仕様がない。今日もアウトレットキャンプ場に泊まろう。スーパーで買い物をして帰る。
 小玉さんがキッチンで米のピラフに挑戦する。油を注ぎ、米が狐色になるまで炒める。例の兄ちゃんがやってきて覗き込み、なにやらアドバイスする。出来上がったピラフはまるでお菓子だ。
 食後、小玉さんはテントに戻って寝てしまったが、今後どうするか気になって仕方ない。資料を全部キッチンに持参する。クックはもう諦めるか? そうするとアスパイアリングだが、ヘリが使えないとなるとアプローチはどうする? 今までクック村に居て、あちらの方は多少土地勘ができたが、アスパイアリング山域はずぶの素人だ。28日に登頂を目指すとして、27日にはフレンチリッジを登り、コリントッド小屋まで4kmトラバースしなければならないが、この日は悪天だ。さらに、ビーバンコルからの降りは、迷いやすいとガイドブックに解説がある。29日に登頂がずれ込んだ場合、30日中に下山できるか? アスパイアリングもあきらめるとして、どこに登ろうか。その手前の、ロブロイ山か、アバランチ山か。考えあぐねた。

No.53 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 07:58

IMGP2600.JPG ←クライマーで賑わうホスピタルフラットの岩場

12. 12月24日(月)ホスピタルフラット〜トワイゼル
 
 クライミングジムを訪ねることにする。その途中に例のアドベンチャーコンサルタント社があるはずで車を徐行させるがやはりわからない。クライミングジムは、郊外にある立派な建物で、受付を素通りして見学する。建物の規模に比べると壁面積はとても少ない。子供がインストラクターから指導を受けている。雨が降っているわけでもないので、こんなところでクライミングする気にならない。受付でアドベンチャーコンサルタント社の場所をきくと、地図のマークに間違いはないという。しかし、レジデンス(住宅)しか見当たらなかったと言うと、住宅みたいな建物で、白いフェンスがあるという。再度探しに向かった。
 地図の場所の建物で、男が二人仕事をしている。聞いてみると、坂の下の隣のブロックを指差し、あっちだという。なるほど確かに白いフェンスに囲まれた事務所で、注意して通らなければ住宅だ。小さく、アドベンチャーコンサルタントと出ている。中に入ると、女性が出てきた。教えを請うと、奥からがっしりしたベテラン然とした男性が出て来る。地図の間違いについては、同様に説明を受ける。アバランチピークには、フレンチハットから往復10時間くらいだろう。ロブロイについては、ルートは好きなところを降りればよい。
 好天になるのはまだ先だ。ホスピタルフラットに向かう。今日はフリーで潰そう。ホスピタルフラットのサニーサイドアトラクションは、ワナカから見ると、昨日のロードサイドエリアの手前にある。駐車場があり、案内板が出ている。フリークライミングエリアの整備も、ニュージーランド山岳会が行っていると表示されている。道路から有刺鉄線を跨ぐように階段が設置されているところは、昨日のロードサイドエリアと一緒だ。100mほど左に進み、ちょっと上がったところの岩に何人かクライマーがたかっている。岩塔に張り付いていた一人が僕らをみるなり、英語でなにやら話しかけてくる。アイキャントスピークイングリッシュ、と言うと納得したようだ。
 持ってきたガイドブックは全国版というだけあって、紹介されているここのルートは限られている。この岩塔の裏にもボルダーがあって、ペツルボルトが設置されているが、ルート名もグレードも不明だ。混んでいるので、戻ったところにある別の壁に行くことにした。いくつかルートを試みていると、曇った空の上に晴れ間が見える。ふと、フットストゥールを登ったときのことを思い出した。あの時は、僕らは雲の上にいた。下界は一面の雲海で、もし、下にいて天気予報を知らなかったら、きっと曇りで登れないと判断していたことだろう。同様のことはないだろうか。やはりクック山に登りたいという思いが沸々と沸き起こってくる。小玉さんがリードしていたが、降りてきたとき、やはり戻りましょうというと何も言わずに同意してくれた。
 インターネットカフェで再度天気図をプリントしてもらう。予想天気図は昨日と大きな変化なし。ビジターセンターでも天気予報を確認するも、同様だ。そこからマウントクック空港に電話してみる。
 「あなたは1週間前に訪れた人か?」
 「そうだ」
 「明日はMが来るので、来て見てください」
 さっそく車を走らせる。しかし、今日はトワイゼルに泊まることになるだろう。タラスの「町」のみやげ物屋に喫茶店がある。そこで、コーヒーとパイを食べる。5時には店じまいを始めた。追い出された訳ではないが、居辛くなって出る。途中オマラマの町にガソリンスタンドが二軒あり、安い方でガソリンを20リットルだけ入れる。1リットル1.79ドル。トワイゼルのガソリンスタンドより2セントばかり高い。が、この時満タンにすべきだった。
 トワイゼルに帰り着いたのは7時前。例のアルパインツーリストキャンプ場に宿泊届けを出す。ロシア人との会話が懐かしい。明日、ヘリでフライトすることを前提として食料計画を打ち合わせる。ワナカで買った食糧ではとても足りない。しかし、スーパーに買出しに行くと、すでに閉まっていた。店舗のウィンドウには営業時間が午前7時から午後8時と書いてある。マウントクック空港は朝7時半から空いている。本当は空港の業務開始に間に合わせたかったが止むを得ない。明日朝にしよう。

No.54 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 08:06

IMGP2622.JPG ←国道からクック山がくっきり見える

13. 12月25日(火)ヘリドタキャン・ホワイトホースヒル
 
 7時にショッピングモールに向かう。車の窓が凍りついていて前が見えず、窓から首を出して運転する。ところがショッピングモールはどこも開いていない。おかしいなと思ったら、僕の時計のストップウォッチが動いていて、時刻を見誤っており、まだ6時半だ。しかし、7時過ぎに出直しても、ショッピングモールは静かだ。モール入り口の案内所のドアに張り紙がしてあり、クリスマスのため今日明日休みと書いてある。いやな予感。スーパーも閉まっている。張り紙はモール全体のことだったのだ。
 こうなれば、クック村にあるハーミテージホテルの品数の少ないお店に頼るしかない。ガソリンも入れなければならないが、トワイゼルの唯一のガソリンスタンドに行くと、まだ閉まっているようだ。前方からセダンがやってきて、僕らより先に事務所の張り紙を見ている。近づくと運転していた男がエイトサーティからだと言う。やむをえない。高そうだがクック村で給油することにしよう。
 国道80号、すなわちマウントクック道路を北へ向かう。マウントクックがくっきりと姿を現している。こんなことは初めてだ。いつもなら、ガスっていて見えない。ここに来た初日にテカポ湖から見えるには見えたが、霞がかかっていて、これほど鮮明ではなかった。今日なら登れるのだろうか。
 クック空港には8時前に着く。例の美しい職員がカウンターの奥から出てきた。天気はよくないと言う。なにやら話していたが、僕が理解できないでいると、さすがにいらいらしたのか、予想天気図のファックスを押し付けられる。気圧の谷が走り、CloudyやらStormやら書いてある。やはりだめなのだろうか? ミスターMは9時からなので、あとでまた来いという。
 ビジターセンターに行くとここにも張り紙がしてある。今日、明日とクリスマスのためクローズするとある。お前もか。ハーミテージホテルはさすがに開いている。インターネットで天気図の確認をし、みやげ物屋の奥の食料を買い出しする。
 再び空港に向かう。まだ9時になっていない。ウイウェイト。と彼女に言って、僕だけ一人空港のまわりをうろつき、スキープレーンの格納庫などを覗く。雪原に降りるとき、車輪はスキーで覆ってランディングするが、空港では車輪を出していなければならない。どうもワイヤーでスキーの板をずらすことにより、車輪を出したり、引っ込めたりしているようだ。
 空港建物に戻ると、小柄な日本人が小玉さんと話をしている。まじめそうな人だ。先日はどうも。しかし、状況は厳しい。スキープレーンは風に弱く、今日のような強風ではまず飛ばない。今年このような日が多く、この2、3週間で飛んだのは1、2度だけだと言う。
 「日本人のパーティーが飛んでいるはずですが」
 「いや、こちらには来ていません」
 彼は、予約の記されたノートを繰って教えてくれる。
 「グレンタナーから出ているヘリコプターなら風に強いので、一度聞いてあげましょう。ただし、相当高いと思いますよ。
 グレンタナーなら知っている。最初にキャンプしたところだ。確かにあそこにはヘリポートがあったが。落胆して、どうしようかと小玉さんと相談する。こうなれば、2日程度でいけるルート、フットストゥールのような手軽なところに行くしかない。
 自動販売機でコーヒーを買い、2階の待合室で地図をみながら、今後の身の振り方を思案する。例のボールパスクロッシングなぞどうか。Mさんが上がって来る。
 「今、グレンタナーに電話して聞いてみましたが、今日は飛んでいるそうです。今からなら1時45分のフライトが空いているとのことです。料金は900ドルくらい。どうしますか?」
 唖然とするも、二人顔を見合わせて、お願いします、と言った。もう料金が高いの安いのと言うのを通りこしている。再度、Mさんが電話を掛けてくれ、予約を入れる。
 「あそこにも日本人スタッフが居ます。Oといいます」

No.55 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 08:11

IMGP2630.JPG ←さあいよいよこの次が僕らのフライトだ!

 まだ10時になっていない。ビジターセンターが閉まっているときはここで登山届けの用紙を記載することになっている。用紙の提出はMさんにお願いし、早速、グレンタナーに向かう。天気は快晴。さすがに今日は飛べるだろう。受付に向かうと、日本人スタッフが居る。Oさんだ。料金は825ドル。
 「今日、もうひとパーティー飛びます」
 Oさんは気をきかせてそのパーティに同乗が可能か聞いてくれたが、だめだったらしい。その次のフライトだ。不安なので帰りも予約する。帰路は29日になるだろう。
 1時45分までまだ十分時間がある。装備を点検し、リュックに詰める。二人の雑な性格が災いして、何がどこにあるのかさっぱりわからない。車の中から荷物を全部取り出して駐車場に並べ、詰めなおす。時間がかかる。ヘリを降りてから小屋まで、プラブーツが必要なのか、運動靴でいいのか、受付の女性に聞きに行く。
 「雲が出てきたのでフライトが早まりました。12時15分のフライトに変更しますが、荷物はすぐ積めますか?」
 すでに11時半を過ぎている。あわてて荷物をリュックに詰め込み、受付の左の坂道を降って待合室となっている小屋の傍らに運ぶ。ヘリが来ていて、数人の乗客が乗り込みを始めている。僕はOさんに促され、クレジットカードでの支払いをしに受付カウンターに戻る。その間、日本人のクライアントらしきカップル二人とガイドが乗り込んだらしい。カップルはハイキングにでも行くような服装で、ガイドの一人は日本人、奥さんらしき女性も見送りに着ていたそうだ。実は彼らが例の日本人パーティだったことを後に知る。
 「このヘリが戻ってきたら乗ってもらいます」
 Oさんが言う。荷物と体重を測る。
 「二人しか乗らないので、別に測らなくてもいいんですけどね」
 と言いながら、一応データを入力するそうだ。
 「今、Rと言う日本人のガイドがプラトーハットに入っています」
 緊張が高まる。さて、いよいよだ。これまでのことが思い出される。登れなくても、グランドプラトーまで行ければいいや、という気になる。Oさんがやってくる。さて、いよいよだ。
 「今、ヘリから連絡がありまして、雲の量が規定を超えたので、今日のフライトは中止です」
 力が抜ける。グランドプラトーがこんなにも遠いものとは。涙が出そうになる。
 「明日はどうでしょう」
 「うーん、明日の天気だと、午後には天気が回復するかもしれませんねぇ」
 まだ、希望が残っているということか。明日は26日。もう本当に時間がない。
 クレジットカードはリファンドしてもらい、マウントクック空港に戻る。Mさんが、どうしたんですか?という顔をしている。土壇場でフライトが中止になったことを伝える。登山届は、不要になったので、回収する。
 アンウィンハットに泊まることも考えたが、安いホワイトホースヒルに決める。もう待つしかない。あんなに慌てたのに、何もすることが無くなってしまった。暇なので、今のうちにみやげ物を買っておこう。ホワイトホースヒルにテントを張り、昼寝。意外とよく眠れる。3時ごろ、空を見上げると晴れている。ひょっとして、と思うが、今日は飛ばないと言った以上、飛ばないだろうと思い直す。

No.56 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 08:24

IMGP2662.JPG ←雲を眺めて暮らす・・・

14. 12月26日(水)ホワイトホースヒル
 
 雲が出ている。グレンタナーは8時半から職員が詰めている。電話するが、やはり飛ばないと言う。午後はどうか。
 「3時にまた電話してください」
 ここで、流れる雲を眺めていても仕様がない。ハーミテージホテル2階のカフェテリアでコーヒーを飲む。お代わり自由と書いてあるので安心だが、表示料金より値段が高い。ホリデーなので、割増が付くと言う。
 今日の目標はコーヒーのおかわり3杯だ。さて飲もうと腰をすえた時、となりの客がカメラを構えてガラスカーテンウォールの外を写し出した。ケアがベランダの椅子を止まり木にしていたのだ。僕も釣られて写真を撮る。隣の日本人の老夫婦も気が付いて写真を撮る。それがきっかけで話となる。娘がオークランドに住んでいるが、今回はツアーで来ている。二人合わせて100万弱。こちらに来ても、オプションの軽いドライブで何万円も取られる。こちらは英語がわからないから、頼るしかない。というような話だ。ここにはこのような客がたくさん来ているのだろう。ここに来た当初、エレベータで乗り合わせた日本人従業員の話では、ここの客は半分が日本人だということだった。
 ホワイトホースヒルに戻ろうとして、砂利道に入ったところで一人のヒッチハイカーが手を上げた。乗り込んできたのは、ドイツ青年だ。ニュージーランドはドイツ人がうようよしていると彼は言う。日本人もうようよしているが、うようよの仕方が違う。ドイツ人は、英語に不自由しないので、右に行くのも左に行くのも自分の判断で、気ままに旅行を楽しんでいる。日本人は、ツアー会社にカモにされている。日本は、製造業で頑張ってきた。これまで優秀な製品は黙っていても買い手がついた。しかしこれからは情報の時代だ。ツアー客の、海外では一人で出歩けない人々の姿が日本の将来にダブって見える。
 ホワイトホースヒルまで数分のドライブだ。彼が受付はないかというので、無人のレセプションを教えてやったが、そうか、というような顔をして離れたところにテントを張りに行った。
 3時。グレンタナーに電話する。
 「今日はやはり飛びませんが、some peopleが一緒にグランドプラトーに行くと言っています。彼らとは話をしましたか?」
 「いや、していない」
 「明日、朝8時半に電話ください」
 暇だ。ここからビジターセンターまで45分と標識が出ている。散歩することにする。小玉さんは昼寝するというが、無理やり誘う。草地を保護するため板の道になっている。あたり一面草原だ。アジア系の人とすれ違う。日本人もいれば、そうでない人もいた。
 25分ほどでビジターセンターに着く。暇をつぶして帰る。

No.57 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 22:13

IMGP2699re.jpg ←グランドプラトーが近づいてくる

15. 12月27日(木)プラトーハット
 
 まだ小玉さんは寝ている。僕は一人で起きて、散歩する。そういえば記念碑に行っていなかった。歩いて5分ほどのルートから外れたところにある4角錐の記念碑だ。一応名所なので、写真を撮る。戻って、ホワイトホースヒルキャンプサイトのそばにある丘に登ろうと思ったが、小玉さんはもう起きてテントを畳んでいる。丘の無酸素単独登頂はあきらめて、朝食の準備だ。
 まだ早い。ホテルに行き、インターネットで予想天気図を確認する。28日午前1時の天候はやはり悪い。8時25分、ビジターセンターの前に車を停める。職員が鍵を開けるのが見えたので、中に入る。そこからグレンタナーに電話する。
 「すぐ来てください」
 マウントクック空港で回収した登山届を日付だけ改めて提出し、直ちにグレンタナーへと向かう。到着は8時50分。カウンターから女性の職員がHow are you.と挨拶してくる。
 「乗る準備はできていますか?」
 「できています」
 「では荷物をもって、そこの坂を降りてください」
 「一緒に行くという人は?」
 「マウントクック空港に一度着陸してピックアップしていきます。二人です」
 今回は、帰りのヘリは予約しなかった。念のため何時までなら予約の無線ができるのか問うと、夕方5時までに無線でDOCを通じて連絡せよと言われる。
 「そうすれば残業して迎えに行きます」
 ヘリポート脇の小屋へと急ぐ。フュールはないか?と搭乗案内係の女性が問う。フュール? はて? 彼女は小屋に僕らを入れ、ポスターを指差す。それにはガスカートリッジが写っている。Fuel=燃料のことだ。あわててリュックからガスカートリッジを出し、手提げに入れる。爆発物は何かあったときに真っ先に捨てるために、別にして手に持たなければならないのだ。
 格納庫の方向からヘリが飛んでくる。ヘリの右足に装着されている細長いトランクにリュックを詰める。僕らが乗り込む。ヘッドフォンを付けろと合図される。ヘッドフォンからパイロットが英語でなにやらしゃべっている。ドアが閉まる。回転翼が回転数をあげていくのがわかる。機体がガタガタと音を立て、ふわり浮かび上がる。そのまま、前進。低い高度で、マウントクック空港へと引き返す。
 空港が近づくとヘリは高度を下げる。滑走路ではなく、駐車場の脇の広場に降りる。どこに人がいるのだろうと思っていると、後ろからいきなり乗り込んできた。女性の客と男性ガイドだ。
 再びヘリは地面を離れ、今度はタズマン氷河の上流に向かう。遠くに見えていた山々が眼前にゆっくりと近づいてくる。両側から山が迫ってきて狭隘な氷河地形になったあたりから、左岸沿いに飛ぶ。マーチソン氷河から流れてくるマーチソン川が、モレーンの堤防に阻まれてタズマン氷河の脇を流れているのが見える。次に、ボール氷河が見える。ここは、心が揺れたボールパスクロシングの核心部だ。氷河の地形は明瞭で、あれなら迷うこともなく行けたかもしれない。天気がよければ、だが。そしていよいよヘリはグランドプラトーから流れ落ちるホッホステッター氷河を撫でるように舞い上がっていく。その氷河の源流、グランドプラトーがこの氷河に流れ落ちる手前の左岸にある岩稜の上に、遠く赤茶色のプラトーハットが見える。最初は小さな点だったが、だんだん大きくなる。それを左から回り込んで、へりは小屋を常に右手に見ながら近づき、最後はくるりと回って、小屋を左手に見るように、小屋から20m離れた雪の台地に着陸する。最初にガイドが降り、続いて僕も下りた。彼が僕の方を指差し、手を下に振る。小屋から人か出てきて日本語で、頭を下げてと言う。あわただしく荷物の積み下ろしを終えるとヘリは飛び去って行った。暖かいグレンタナーのヘリポートから、10分後には風の強い雪と氷の世界だ。

No.58 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 09:09

IMGP2714re.jpg ←タズマン氷河を隔てて咆哮するマルテブラン

 僕に話しかけた日本人に、Rさん?と話しかけると、ええ、そうですとの返事。みんな一緒になって、とにかく荷物を小屋に運び込む。プラトーハットもミューラーハットに良く似た造りだ。違いは管理人がいないことくらい。立派なキッチン兼食堂があり、ガスコンロもミューラーハットと同じ型だ。ミューラーハットではおおきなボールに水を汲んでいたが、こちらは大きなプラスチックのバケツだ。Rさんが親切に小屋の使い方を説明してくれる。
 「部屋は好きなところを使ってください。鍵のかかる棚は、ガイド会社が小屋の建設に協力した見返りに利用する権利を得ているものですので、触らないようにしてください。キッチンは自由に使ってかまいません。食器も自由に使っていいので、確保しておくといいでしょう。ニュージーランドの人は、食器を洗剤で洗った後、ゆすがないので、日本人的におやっと思うのであれば、使う前によくゆすいだ方がいいでしょう」
 寝室は全部で4つある。現在のところ、日本人クライアントのカップル二人と日本人ガイドおよびツエルマットから出稼ぎに来ているという女性ガイド、ヘリに同乗してきた女性のクライアントとそのガイド、それに僕ら二人なので、全部で8人である。したがって、それぞれが一部屋使える。僕らはキッチンに一番近い部屋に陣取ることにする。
 まだ、午前だし暇だ。彼ら3人とこれまでのいきさつなど話す。
 「それじゃ、こないだ電話でお話したのは・・・」
 「ええ、僕です」
 25日の土壇場のフライト中止についても、結局その方がよかった。25日からこれまで、彼らはずつと好天を待っているのだ。何より、割り勘で飛んで来れた。
 「多分、この調子だと29日の登頂になるでしょう」
 Rさんは言う。
 「大丈夫ですよ」
 日本人カップルとRさん達は、キッチンで確保の練習を始める。なかなか参考になる。
 午後になると、外は荒れだした。ヘリは数少ないチャンスで飛んだのだ。羽毛服を着込んでも寒い。することがないので、昼食を取る。食料を残さないよう効率よく持ってきたつもりだったが、考えてみればヘリで来るので重量など節約する意味はなかった。が下界はすでに遠い。
 3時ごろ、キッチンでおしゃべりする。この悪天は夜半まで続きそうだ。今夜は25センチくらい積もるとの予想。本当は、降雪後48時間は積雪が安定しないので、氷河には入らないのが原則だ。最低でも1日開ける必要がある。それなら29日に登ることはできないのではないか? 
 「われわれは30日の金曜日には降りなければならない。29日にはアタックでしょう」
 Rさんは言う。
 シアリー山の話題になった。
 「あのルートは、長いトラバースだったし、あれでグレード1は辛すぎますね」
 「あのグレードは、ミューラーハットから往復することは考慮されていないんでしょう」
 「ミューラーハットで小柄なガイドに会いました」
 「ああ、彼はオーストラリア人の親子を連れていましたね」
 クック村のガイドの宿泊所で会ったそうだ。これで、あの二人が親子かどうか解決する。
 帰りはどうするのか。日本人カップルは、
 「ヘリで降りると別に料金がかかるので、歩いて降ります」
 割り勘の頼りは僕らと一緒に飛んできた女性クライアントパーティーだ。
 ガイドたちは、僕らから見ると極めて豪勢な食事を作り客に提供している。野菜や肉もふんだんに使い、見ていると涎が出そうだ。そこで僕らも負けじと、最後の物資(でもないが)を投入して例のスパゲッティの夕食を作る。コーヒーなども持ってきたが、いささか量が心もとない。
 夕方、寝ようとしても眠れないので、キッチンに張り出されている写真を見ていると、女性クライアントが話しかけてくる。彼女に明日はどうするの?と聞くと、彼女はガイドに、どうするの?と聞いている。下降路となっているグランドプラトーの端のシネラマコルからさらに様子を見に行くらしい。ということは、彼らも登頂後、歩いて降りるということか。残念。
 彼女はおしゃべりがしたいらしい、言っていることの半分もわからないが会話が弾む。地図の測量関係の会社に勤めているらしい。休みは取りづらいというようなことを言っている。いつも一人で旅行しているの?と聞くと、いや、友達が一緒だからとガイドを指さす。ガイドは友達か?
 明日は登頂路であるリンダ氷河を偵察に行くというRさんに、後から付いて行かせてもらうかもしれないことを断る。

No.59 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 09:12

IMGP2738re.jpg ←プラトーハットからのクック山は小さく見える

16. 12月28日(金)グランドプラトー
 
 5時過ぎには目が覚めていたが、のんびり寝ていて惜しいことをした。6時半ごろ外に出ると快晴だったのだ。すでに朝焼けは消えている。もし、日の出の6時ころに起きていたら、あたりは真っ赤だったに違いない。30日の朝も快晴だろうから、まあいいか。しかし、ことはそう思い通りに行かない。この旅行は、本当に一寸先はどうなっているかわからない。
 9時ごろ、みんなもぞもぞ動き出す。小玉さんは小屋の北にあるグレイシャードームに登ろうという。ここから1時間ほどの距離の小ピークで、手軽な氷河歩きのトレーニングだ。
 歩き始める前から、あんなに快晴だったグランドプラトーにガスが出で100m先も見えない。コンパスで方角をみながら、とりあえず見えている岩稜目指して歩く。雪は踝まで入る。そこそこ歩いたところで、岩稜に着く。ここがグレイシャードームか。標高は2424mの筈だが小玉さんの腕時計の高度計はそれより百mばかり低い。小屋で標高を確認して来なかったので、なんともいえない。ここが目標地点だということにして、降りる。この頃から晴れだす。遠くリンダ氷河の入り口付近に4人の人影が見える。シネラマコルの方向へも二つの人影が向かっている。小屋に戻り着いて小玉さんが標高を確認すると、2200mと表示した。ということは、高度計は合っている。グレイシャードーム登頂に失敗したということだ。振り返ると、ガスは晴れ、僕らが登った岩稜の左側に、大きな丸い岩稜が見える。最初からもっと左を行かなければならなかったのだ。コンパスでは2、3度くらいの違いだが、ガスの中の行動の難しさを知る。
 さて、リンダ氷河に入ってみることにしよう。グランドプラトーを、小玉さん先頭で、Rパーティのトレースを追いかける。誰かの片足が小さなヒドンクレパスに嵌った後がある。ロープは常にピンと張って、先頭が落ちたときに衝撃加重がかからないよう、注意しなければならない。これをタイトロープビレイと言う。
 だだっ広いグランドプラトーからリンダ氷河の出合まで、1時間はかかった。トレースが分岐して、シネラマコルに向かっている。女性クライアント達のトレースだ。ここを過ぎて暫くいくとクレバス帯が始まる。リンダ氷河に入ったのだ。氷河は跨げないほど裂けると、迂回するしかない。トレースもジグザグだ。スノーブリッジも出てくるし、クレパスとクレパスの境目の、両側が切れ落ちているところを渡ったりしなければならい。小玉さんとの間隔は15mほど空けているが、そうしたところが15m以上あったりすると、短いということになる。安全なところを歩いているときに体のループを2・3巻はずして、間隔を伸ばす。
 風が止む。氷河の川床の最も照り返しの強いところを歩いているので、顔が焼けるのがわかる。まるで温室の中にいるようだ。この日は、明け方寒かったので、一枚余計に着込んできたのが悔やまれる。朝塗った日焼け止めクリームが顔から流れ落ちる。あまりの暑さに袖を捲り上げる。そこは日焼け止めクリームを塗っていない。たちまち真っ黒に日焼けして、水泡ができている。
 4人とすれ違ったのは、かなり歩いたあとだった。雪の状態がよくないとRさんは言う。確かに、足元はグサグサだ。なかなかトレースの末端につかない。リンダ氷河は、グランドプラトーから西北西に向かっているが、途中90度左に折れ曲がって、南南西に向かう。そこからさらに氷河は幅を狭め、険しくなっている。その屈曲点の広い雪原に出るが、まだトレースの末端にたどり着かない。それにリンダ氷河の右岸を作っているボウルリッジが邪魔して上部の様子がよくわからない。どれがサミットロックだろう。サミットロックは頂上から左下に落ちている岩場だ。サミットロックの下部はリンダシェルフと呼ばれる棚状の雪壁となっているが、どれだろう。

No.60 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 09:17

IMGP2810re.jpg ←リンダ氷河の屈曲点からクック山を見上げる

 地図では左から、ボウルリッジ、リンダ氷河を隔てて、クック山から落ちる稜線が北に向かい、主稜線とぶつかったところがダンピア山、そこから主稜線となりバンクーバー山、マラピナ山、クラークサドルを経てテイヘルマン山、グラハム山、そして、最後にここから北の方向のシルバーホルンとなる。その北には、ニュージーランド第二の高峰であるタズマン山があるはずだが、当然見えない。ここは、これらの山々に囲まれたすり鉢の底だ。
 時計を見るとすでに1時だ。ちょっと行動しすぎたか。
 グランドプラトーに出たところで、遠くにプラトーハットが見える。あそこまで帰らなければならないと考えると、憂鬱になる。雪は不安定でバランスが取れない。帰りついたのは3時だ。
 みんなループや靴を日に照らして干している。僕らもそれに習う。ガイド連中がなにやら話している。Rさんに聞くと、
 「雪の状態が結構厳しいと言っています。リンダ氷河は雪崩が集中するので」
 今日は2パーティ来るとのことだ。ヘリが二回飛んできて、二人ずつ置いて行った。
 最初のパーティは、クライアントがどうみても20代の若者だ。後に聞くと25歳とのこと。ちなみに彼のガイドは51歳だ。結構な額を支払っているはずだが、こんな若者がガイドを雇うのか。続いて、今度は中年のクライアントとガイドが飛んでくる。ほとんど間隔をあけずに飛んできたので、なぜ、同乗しなかったのか不思議だ。ガイド会社が違うのだろうか。そのクライアントはカナダ人だ。30日の登頂を目指すと言う。
 ヘリが食料を積んできたので、ガイド連中の表情が明るい。いいなあ。
 Rさんが、インターネットの予想天気図のプリントを持っている。どうでしょうかとたずねると、30日の天候が悪くなっている、これだと、明日登って、4時までに降りて、ヘリでフライアウトするしかない、と言う。そんなこと可能だろうか。それに僕らと一緒に飛んできた女性クライアント達はどうするのだろう。しかし、ヘリに同乗できるかもしれない。
 僕らは氷河の素人なので、今夜は彼らを追いかけるしかない。早々に食事を済ませて寝ようとするが、まだ早すぎてなかなか寝られない。小玉さんはすでに鼾を掻いている。気になってキッチンに行く。みんな、集まっている。様子を尋ねると、Rさんは、
 「出発はしますが、雪の状態次第でどうなるかわかりません。登頂の保証はできません」
 と言う。もちろんです。

No.61 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 09:29

IMGP2877re.jpg ←サミットロック手前のクーロワール

17. 12月29日(土)クック登頂
 
 目が覚めたのは12時前だ。まだ誰も起きていない。食パンを食べていると、みんな置きだしてきて騒がしくなった。
 小屋の外で、装備を身に付ける。起きたのは一番だったが、もたついている間に、先に2パーティ先行した。もう大分遠くに行っている。僕らも追いかける。先行は、女性がいたが、女性クライアントパーティーか? 次に出発したのは、若者パーティーか? 暗くてよくわからない。
 2パーティは歩くのが早く、まったく追いつかない。雪は締まってしまっているが、トレースはでこぼこして、バランスを崩す。ふとトレースをはずれると、却って安定して歩きやすいことがわかる。これで幾分スピードが増すが、先行パーティははるか先を行ったままだ。後ろからさらに2パーティついてくる。
 今日は、雪が締まっていて昨日より早い。たちまち、昨日の到達点を過ぎる。ここからが正念場だ。闇の中で、先行パーティーのヘッドランプがもたついている。ルートファインディグに手間取っているようだ。リンダ氷河の上部もクレバスだらけだ。ふと見ると、二人、雪の上で休憩している。あれっ、と思った。Rさんと日本人カップルの男性だ。先行のトレースを見失ったという。
 「まあ、どこでも行けばいいんだけど。後ろ来ていますか?」
 とRさん。
 「だいぶ遅れているようです」
 ここからはヘッドランプは見えない。
 彼らはまもなく出発した。僕らも暫く休憩した後、追いかける。
 ガンバレル(銃撃戦)と呼ばれる懸垂氷河に近づく。その下を左にトラバースすると、リンダシェルフだが、トレースを見失う。どこから行けばいいのか。ガンバレルとリンダシェルフの間を上に抜けてから小玉さん先頭でトラバースしようとすると下からそこは違うと声を掛けられる。
 「デインジャラス?」
 小玉さんが叫んでいる。
 「ここは素直に降りよう」
 行けそうに思えたが、リンダシェルフは下の方をトラバースするようだ。このあたりで明るくなる。
 彼らは、例の若者のパーティだった。少々混乱する。すると、この後ろのパーティが女性ガイドと日本人カップルの女性か? 姿が見えない。
 僕らがタイトロープで登ろうとすると、そのガイドが、だめだめ、ロープ間隔は3mだ、と注意する。これも素直に従う。
 「なるほど、滑落速度が増す前に止めろということやな」
 小玉さんがつぶやく。
 下を見ると、かなり離れて1パーティ登ってくる。カナダ人クライアントのパーティのようだ。ということは・・・?
 リンダ氷河とリンダシェルフの境目は数メートルの段差になっている。雪は堅い。アイゼンの歯の先しか入らない。しかも斜面はかなり急だ。始まりは35度くらいの傾斜だが、そのうち45度を超える。滑ると止められない。幸い、左へトラバースなので、右利きの僕にとって、右手のピッケルが使える。明るくなってきた。先行の若者パーティがゆっくり左上する。ガイドは手にした大きなビデオカメラで時折立ち止まって撮影している。我々はそれを追い越さない。
 歩き出すと彼らは早い。リンダシェルフを抜けると、急な雪原だ。その上部に雪の詰まったクーロワールが見える。その左側の岩稜を確保点にしてRパーティーがスタカットで登っている。そこを若者パーティがガイド先行で、コンテニュアスで登っていく。僕らは迷うことなくスタカットを選択する。雪壁の斜度は6、70度。かなり急だ。まず、右の岩場にシュリンゲを引っ掛けて小玉さん確保体勢に入る。両手にピッケルを持ち、ダカーポジションでピックを突き刺しながら登るが、手が疲れてきて、シャフトを握ってピックを突き刺す方法に変える。
 後続パーティの姿がいつの間にか見えなくなった。どうしたのだろう。ときおりゴゴーと派手な音がする。リンダ氷河左岸の壁の雪庇とも懸垂氷河とも見える雪の壁が崩壊している。遠いので、音ほど規模が大きいように思えない。
 雪壁をひたすら登り、岩の突起に長いアンカーテープを引っ掛ける。そこから小玉さん50mいっぱい伸ばして左の岩で確保。石原さらに目一杯伸ばすも、後ちょっとでザルブリッゲン尾根の雪の肩、サミットロックの中段だが、届かない。スノーバーを打ち込んで確保する。二人確保支点に着いたときは、若者が上からの合図を待っている。緊張しているようだ。合図があって登り始めたが、いかにも心もとない。待ち時間を利用して日焼け止めクリームを塗る。今日は肘にも塗りたくる。

No.62 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 22:18

IMGP2913re.jpg ←頂上で記念撮影。後ろにタズマン海が見える

 上からコールがあり、若者が右トラバースから登り始める。彼が岩を回りこんで見えなくなると、僕も後に続く。久々の岩だが、特段難しくない。右上するバンドをアイゼンの爪先を置きながら10mほど登り、岩の出っ張りを回り込むと、20mほどの雪壁を隔てた確保点に若者パーティがいるのが見える。10mほどのところにも懸垂支点があるので、そこで1ピッチ目を切る。小玉さん、次の雪のついたフェイス10mをリードする。若者がまだ残っているので、ピッチを切る。追いつくと、若者が緊張気味なので、Enjoy? と励ます。若者は微笑んで、なにやら言うが、もちろんわからない。氷の垂れた右上のルンゼを、若者を追いかけるようにダブルアックスで登る。簡単なワンポイントの後は、再び雪壁だ。岩にワイヤーを張った確保点があり、そこに先行のふたりが固まっている。左端を借りてピッチを切る。先行がこまめにピッチを切るので僕らも切らなければならない。総じて優しい。最後の確保支点で二人が行動食を食べながら休んでいる。ここでサミットロックは終わりだ。ガイドはカメラを回すのにも忙しい。小玉さんが上がってきた。ここは狭いので、
 「Can we go ahead?」
 と聞くと、若者が、
 「Yes, sir.」
 と答える。なかなか礼儀正しい奴だ。よろしい。
 フォローして稜線に出ると、小ピークを跨いではるか上まで頂上へ続く稜線が見える。左側はほぼ垂直に切れ落ちており、右は70度程のアイスバーンだ。小玉さんの確保点でコンテを組みなおす。その間、若者パーティに再び先行される。アイスバーンはカチカチに凍っており、アイゼンの爪先で登る。小ピークを降りるところで本日のトップが降りてくる。なんと、カップルの女性と女性ガイドだ。僕らより1時間以上速いペース。
 「早いですね」
 「彼女がぐいぐい引っ張るので」
 付いて行く方も大したものだ。
 再び登りになる。暫くいくと、Rパーティだ。Rさんが足元にアイススクリューをねじ込んで、スタカットで降りようとしている。
 「アイスキャップは登ったのですが?」
 「そんなものは、この4、5年ありませんよ」
 各種の資料にはアイスキャップのことが触れられている。頂上に20mほどの氷の層ができており、通常、その下に辿り着いたところで登頂したことにするのだそうだ。ただし、それはガイド山行の場合であり、ガイドレスなら登っているパーティもあったらしい。そのアイスキャップがなくなっている記事は読んだことがなかった。時間がないのでアイスキャップは諦めるしかないと思っていたのだが、なくなっているのなら頂上で悩むことはない。
 すでに、若者パーティが頂上を極めているのが見える。最後のひと登りを終えると、クック山の西側の景色が広がる。近くに、いや、遠くにコバルトブルーの細長い筋が左右に広がっている。西海岸だ。
 頂上は、西側だけを研ぎ、東側が垂直に切れ落ちた、片刃の包丁のようだ。その西側の砥石のあたる氷の不安定な斜面に立つと、若者パーティのガイドが
 「コングラチュレーション」
 と握手してくる。小玉さんが
 「アイアム62イヤーズオールド」
 と自慢している。ガイドは51歳、若者は25歳だそうだ。

No.63 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 09:38

IMGP2929re.jpg ←頂上からグランドプラトー方面を下降するガイドと若者

 彼らは下山を始め、僕らだけの頂上になる。記念写真を撮る。うれしい。しかし、このカリカリに固まったアイスバーンの降りのことを考えると、核心はこれからだ。アイゼンの爪が全部使える降りの方が楽かもしれないという予測はたちまち崩れる。斜面が急すぎて、横向きに降りるしかない。その姿勢でも2列あるアイゼンの爪の山側の刃しか掛からず、さらに、これまでの登攀のガラ場歩きで爪が丸くなっていて、今にも滑りそうだ。こんなことならヤスリを買って研ぐべきであったと思うが後の祭りだ。若者パーティのガイドが僕のロープワークを注意する。ロープは体の山側を通ってセカンドと繋がっていなければならない。
 彼らは、横向きにコンテで降りていく。僕らは早々にそれを放棄し、急なところは後ろ向きで、フロントポインティングでの下降に切り替える。時間がかかる。
 やっと、サミットロックの頭に到着したが、Rパーティと51歳ガイドパーティが懸垂で行動を共にすることにしたようだ。小玉さんは彼らが6人一緒にヘリに乗るということを聞きつけていた。Rさん達は4時半のフライトをすでに予約している。そういえば、女性クライアントはどうしたのだろう。今日は全然見ていない。明日の30日天気が悪いので、今日シネラマコルからウォークアウトしたのだろうか? 我々は二人でヘリを確保しなければならない。
 クーロワールの肩、先ほどのサミットロックの中段の取り付きまで2ピッチの懸垂。そこからクーロワールの取り付きあたりに、黒い人影が二つ見える。本日の一番乗りの女性パーティにしては遅すぎる。カナダ人クライアントパーティだろうか? 今頃何をしているのだろう。 ここから僕らはロープをつなぎ100mのクライムダウンをしたので、懸垂で降りようとする4人を追い越す。僕らは8mmダブルロープを2本持ってきており、しかも二人なので、この点では有利だ。確保点は、登り1ピッチ目の終了点だが、そこから再び懸垂に切替え、岩の突起にシュリンゲを捨て、1ピッチ降りる。直射日光がきつく、サングラスを掛けていてもまぶしい。袖を捲り上げる。日焼け止めクリームが今日は利いている。気温が上がり、雪が腐っている。アイゼンが雪の団子になって滑るので、前向きに降りれない。リンダシェルフも雪崩れる様子はないが、トラバースしながら1歩ずつピッケルで叩いて雪を落とさなければならない。注意してもズリっと足元が崩れるようにすべる。この下は、スッパリ切れ落ちているのでヒヤリとする。
 長いトラバースの後、リンダシェルフ右端の段差に着く。2mほどなので飛び降りる。ここから先は雪崩以外に怖いものはない。順調だが、一箇所、トレースが雪崩に埋まっている。
 リンダ氷河の屈曲点では、暑さはさらに増す。2時半だ。この調子だと、4時すぎには小屋にたどり着くだろう。グランドプラトーに出て、まもなく4時になろうとするところで、Rパーティーがスタスタ僕らを追い抜いていく。彼らは、ストックを両手に持っているので、バランスが取りやすいということもあるだろうが、それにしても早い。彼らはあっという間に、小屋に辿り着いたようだ。しかし、若者パーティの姿が見えない。今日は降りないのではないだろうか?
 なかなか小屋は近づいてこない。声を掛け合い、急ぐ。小屋に着いたのは、4時45分。風が強い。ヘリは飛ぶだろうか。日本人カップルがいたので聞くと、5時のフライトだと言う。小屋はパーティが増え雑然としている。僕が使っていた棚が誰かの荷物で一杯になり、残しておいたデッドマンがなくなっているが騒ぎ立てている余裕もない。装備を整理する余裕もなく、ロープと安全ベルトを外しただけで、キッチンに入る。ヘリポートには無線がないので、DOC経由で依頼しなければならないが、僕にはできそうもない。女性ガイドがいたので、無線使っていいかと聞いてみると、彼女は戸惑ったように、キッチンの入り口にいた、オレンジ色のヤッケの禿頭の男に何やら聞いている。彼は、今日は風が強いので、さっき断られたというようなことを言っていたが、俺が無線で連絡してやろうと言ってくれた。マウントクック空港に無線を入れるとちょっと確認するらしい。彼は、後で伝えるから、とにかくパッキングしろと言う。戻ると、小玉さんが日本人カップルの男性と話をしている。ヘリに6人で乗るというのは間違いで、4人だったとのこと。同乗できないかと聞くと、Rさんに相談してみてくださいと言う。しかし、Rさんは、ヘリについては女性ガイドに聞いてくれと言う。

No.64 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 09:51

IMGP2958re.JPG ←オレンジヤッケの男が見送ってくれた(ヘリより)

 そこへオレンジヤッケの男がやって来る。ヘリはOKだ。5時半のフライトだと言う。いや、ひょっとすると、彼らに同乗させてもらえるかもしれないので、ちょっと待って欲しいと伝え、再びキッチンに戻り、女性ガイドに同乗させてくれと頼む。しかし、彼女は首を横に振り、ヘリには5人しか乗れないと言う。おやっと思った。来たときと異なる機種なのだろうか? オレンジヤッケの男は傍で聞いていたので、事情は理解したようだ。予定通り5時半のフライトで帰ることにするが、風が心配だ。
 パッキングを済ませ、水筒の水を捨てにキッチンに行って戻る途中、オレンジヤッケの男が居たので、「Thank you very much for your help」
 と礼を言う。
 「気にするな。多分、風が強いから、6人乗れないのだ」
 と慰めてくれる。立ち去ろうとすると、
 「アオラキに登頂したのか?」
 「イエス」
 「グッドジョブ!」
 ヘリが来る。Rパーティの4人に混じって、オレンジヤッケの男も荷積みを手伝っている。彼が何やらヘリのパイロットと話をしているのが見える。とにかく、次のフライトに間に合うように、僕らもリュックを通路に出しておこうとリュックを運びだした。彼が僕に近づく。
 「6人OKだ。すぐに荷物を運べ」
 あわてて
 「小玉さん! ヘリに乗れる!」
 と叫び、リュックを抱えてヘリに走る。オレンジヤッケの男にはどう礼を言えばいいのか、ヘリの音で会話は不可能だ。前の席のパイロットの左に小玉さんが座り、僕はその列のドア側に座った。僕らの荷物は、もう、ボックスに入らないので、後ろの席で抱えてもらう。申し訳ないと思いながら、しかし、無事帰れる喜びがあった。ドアが閉まる。ヘリは身震いすると浮かび上がった。オレンジヤッケの男の姿が小さくなる。じわりと胸が熱くなる。
 ヘリは、来たときと逆方向にホッホステッター氷河を撫でるように飛ぶ。小屋はすぐに見えなくなった。白かった風景に緑が増していく。暖かいグレンタナーの日差しの中に舞い降りるまで、長く、また、一瞬に思える。
 Oさんが出迎えてくれた。
 「何があったか知りませんよ」
 彼は笑っている。
 女性ガイドの名誉のために付言すれば、僕らは小柄な日本人なので、ヘリに乗れたのだそうだ。これが大柄なニュージーランド人だったら、こうはいかなかっただろう。
 精算を済ます。カウンターの女性は、安くなってよかったねと言ってくれる。サンキューと愛敬を振りまく。
 Rさんの奥さんが迎えに来て、流暢な英語で職員と話している。こちらはほっとしているし、今ここにいるのが嬉しいので、記念写真を撮ろう、と提案する。Oさんがシャッターを押してくれた。
 ガイド登山組は、これからマウントクック登頂記念パーティをやるらしい。小玉さんがほとんど使わず残ったガスなどを引き取ってもらえないかとRさんに申し入れると、いくらでも引き取るとの回答。しかし装備は雑然としていて整理がつかない。どうせ明日、下山届けと小屋の使用料を払いにクック村に行かなければならないので、明日ここを再訪して、Oさんに託すことにする。
 とりあえずトワイゼルに向かう。腹も減ったし、登頂記念にスーパーで牛肉の塊を買ったら、店員の若い兄ちゃんが、
 「Good day?」
 と話しかけてくる。ん?と思ったが、あそうか。
 「Yes, today we climbed Mt. Cook.」
 と言うと目を丸くしている。
 例のアルパインツーリストキャンプ場のキッチンで、その肉を料理していたら、入ってきた夫婦が、ナイスミールと話しかけてくる。
 「Because good day. We climbed Mt. Cook.」
 と言うと、感心された。これで変な日本人がクックに登ったという噂がキャンプ場に知れたらしい。小玉さんは、クックに登ったのかと何度か話しかけられたそうだ。僕にはなかったが。
 牛肉はやわらかいとは言え、歯だけで噛み切れるほどではない。食事用のナイフが無かったので、適当に食いちぎって飲み込んだら、のどに詰まった。あわててビールで飲み込もうとしたら、肉が栓になって通らない。一瞬「日本人登山家、肉を喉に詰めて遭難」という記事が掲載されている新聞が頭によぎる。表に飛び出し、うぐぐっとビールを吐いたら、その拍子に飲み込んだ。見ると、小玉さんも同じ目にあっている。懲りて、登山用ナイフで切って食べる。久々に満腹。

No.65 by 石原(admin) [58.1.117.239] 2008/05/11 (Sun) 10:46

IMGP2981.JPG ←善き羊飼いの教会

18. 12月30日(日)クック村〜クライストチャーチ
 
 クック村のビジターセンターで下山届けを提出する。職員の女性が登ったのかと聞くので、昨日登ったことを伝えると、へえっと言う顔をして、他の職員にも「登ったんだって」と伝えている。コングラチュレーションと言われて誇らしくなる。
 マウントクック空港でMさんに登頂の報告をする。結構僕らのような日本人がいるらしい。そういう人は必ずここにくるので、何かアドバイスをと言われ、アイゼンの爪はギンギンに研いでおいたほうがよいと話す。
 グレンタナーで残りのガスをOさんに渡した後、クライストチャーチに向けて出発。最後のドライブだ。プカキ湖の隣にある湖、テカポ湖の湖畔にテカポの町がある。垢抜けた観光地で、そこのカフェテリアで昼食を取る。東洋系の従業員が昼食を取っているがライスだけでおかずは一切ない。ニュージーランドはみな豊かな社会かと思っていたが、現実を見る思いがする。
 カフェテリアの庭にでると、向こうに教会のような建物が見える。あれがガイドブックに載っている善き羊飼いの教会だ。せっかくなので立ち寄る。中で写真を撮っていると管理人にダメと注意された。絵葉書が置いてあり、Donationと書いてあるので、1ドル入れて2枚持って行こうとしたら管理人が2ドルだと言う。えっ、寄付じゃないの?
 帰路は、Scenic(観光)Route と表示のある、国道72号を選ぶ。周りの景色はニュージーランド特有の景色で、美しいにちがいないが、観光道路にしては、特段変哲もない。片側1車線だが、レーンの幅も路肩も広いし、何より車が少ないので、100Km/時で飛ばしても、ストレスがない。あるところでは、道路の脇に郵便受けが三、四百m間隔で置いてある。しかし家がない。よくみると、道路から百m、場合によっては二百mほど離れたところに立派な邸宅がある。牧場主の家に違いない。おそらく、牧場も1キロ四方以上あるのではないかと思う。
 夕方、クライストチャーチに着く。中心からちょっと外れた公園の脇に車を停め、ウォーセスター通りを西に少しばかり歩いたところで店に入る。ニュージーランド料理でもと思って入ったのだが、ロシア料理の店であった。やむなく、ロシアンスタイルの串刺し肉料理を注文する。うまいことはうまかったが、ちょっと残念だ。ビールは、アルコール度数12度というのがある。好奇心で飲んでみたら、ビールというより発泡するジンのようだ。
 車の中で夜を過ごす。なかなか寝られなかったが他にすることもないので、じっと目を閉じて待つ。2時半ごろ車を出し、空港に向かう。空港は近かったが、まだ空いていない。8時までの駐車料金を車の中においておかなければならないので、駐車場に車を停めるのに3時まで待つ。3時になると空港も開いた。しかし、チェックインカウンターは閉まったままだ。暫くして、職員が通りかかったとき、4時半まで開かないよと教えてくれる。フライトは5時40分だからまだまだ時間がある。のんびり待つことにしよう。

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  1. 東京YCC
  2. 山行報告のページ
  3. ニュージーランド山行記 2007年12月13日〜12月31日 by石原