利尻山南稜・礼文他(2010年4月28日〜5月6日)by畑

山行報告のページ スレッドNo.6

No.71 New! by 畑(admin) [222.11.61.36] 2010/06/19 (Sat) 16:41

DSC02225.JPG   ←礼文から利尻山
2010年4月28日〜5月6日
今年のGWは9日間の休みを取り、はるばる利尻島まで出かけてきた。学生時代に「岩と雪」の「日本のビッグルート」か何かで知った「利尻山南稜」に以前から行きたいと思っていたが、今回やっとパートナー(佐野氏)も見つかり実現することができた。
山行は2日間であっさり終わってしまい、残りの日は、利尻島、礼文島の島内巡りとなった。結果的に、私自身にとってはこの山登りだけでなく、島の中でぷらぷらあてもなく放浪したことが今回の旅行を印象深いものにしたと思う。
普段は記録など書かないが、何となく字にして残しておきたい気になったので、旅行記として書いてみた。
4月28日、チケットの手配の関係で一人先に北海道へ飛ぶ。羽田から千歳に入るまでは順調というか、千歳から利尻空港にランディングする直前までは順調だったが、着陸寸前になって機体は急に上昇。強風のため着陸できない。再度試みるが、また、着陸寸前で上昇。結局千歳へ戻ることに。不思議なことに、乗客は騒ぎもせず皆冷静。「この前ポーランドで政府の要人が着陸失敗で死んだのは、無理して着陸しようとしたからなのよね。命をかけて着陸するなら、戻ってもらった方がいいよね。」というおばさんの声が後から聞こえ私もそらそうだと思い、一人納得。
 翌日の天気予報をANAのカウンターで聞くと、今日より悪くなるとのこと。稚内行きなら、本日飛ぶということなのでそちらに振り替えてもらう。結局、生まれて初めて1日に3回も飛行機に乗るという体験を経て、やっと夕刻稚内空港に着く。9日も休日があるので、予定外の稚内滞在も妙にウキウキした気分になる。
 とりあえず、バスで稚内駅へ。待合室でビールを飲みながら、これからどうしようか考えるが切迫感がないので何も案が浮かんでこない。唯一気になっていた、ガスカートリッジの購入だけは済ませておこうと、行く前に調べておいた「長谷川スポーツ店」の場所を観光案内所で聞き、駅前の商店街へ。なぜか殆どの店が閉っており心配だったが、おじさんが一人暇そうに店番をしながら営業中だった。1個570円はちと高いが仕方がない。
 カートリッジを手に入れた後は、もう何もすることがない。フェリーターミナルに行ったり、海鮮土産物屋でつまみ食いをしたりしながら時間をつぶし、駅近くにある「はせがわ」という居酒屋に入る。
「一番搾り」を飲みながら、店主にお勧め料理を尋ねる。「ホッケ」と「貝」が出て来る。カニみそのお通しも良い。隣に座ったカップルは、彼氏が蛸漁をやっているらしい。今年は不漁続きとのこと。そう言えば店にも蛸が置いていない。カニも置いていない。それでも、ホッケの一夜干しやホヤ、ホタテ等、新鮮な魚介類だからか、どれも東京で食べるものと比べものにならないぐらいうまい。ここは、ロシア人も良く来るらしい。そう言えば、地元新聞には、明日のロシア漁船の寄港予定みたいな情報が出ている。ロシア人に会ったわけではないが、はるばる稚内に来たことに妙に感動してしまう。
 店主いわく、「稚内は何もないところ。宗谷岬に行っても何もないよ。」と言われ、明日の14:30の利尻行きフェリーまで何をしようか考えてしまう。適当に酔っ払って、フェリー乗り場まで行って一夜を過ごす。ここは、樺太行きのフェリーも出航しているが、本日は出航がないのかターミナルは閉っている。いつかは乗ってみたい気がするが、樺太まで4時間片道2.5万円程かかる。利尻まで1時間1980円なのに、なぜ?。

No.72 New! by 畑(admin) [222.11.61.36] 2010/06/19 (Sat) 16:20

DSC02145.JPG ←日本最北端
翌日は荷物をフェリーの事務所に預かってもらい、「ドーム防波堤」を見に行く。稚内のシンボルということだが、確かに何もないからこんなものがシンボルになるのかと納得してしまう。そこから、街の後にある稚内公園に向かう。雪の残る山道を登ると、稚内の街が一望できるところへ出る。ここには「氷雪の門」という碑があり、樺太で亡くなった人の慰霊のために樺太の地が見えるこの地に引き上げた人たちが建立したらしい。残念ながら、空が晴れず樺太は見えない。この碑の横には「九人の乙女の像」がある。恥ずかしながら、この像が建てられた経緯を全く知らなかったまま、此処を尋ねた私は早朝誰もいない丘の上で碑に刻まれた「皆さん これが最後です。さようなら さようなら」というショッキングなメッセージを見た時はドキッとしてしまった。碑の横にある説明文には、戦後 樺太の真岡郵便電信局でロシア侵攻後も交換手として残り、最後は自害した9人の乙女を慰霊したものであることが記されている。この時の体験以来、私は樺太に対して急速に関心が高まり、東京に帰ってから樺太へのロシア侵攻に関する記録を読み漁った。当時の樺太在住日本人のすさまじい体験を知り、いつかはその地を自分の眼で見てみたいという気にさせられた。
また、この碑の近くには南極観測隊に連れていった樺太犬の訓練所があったとのことで、その記念碑もある。本当に碑だけで何もないところなのだが、却ってそれが感慨深くさせられる。
 ここまで来たからには、さらに何もないという宗谷岬まで行ってみようと決め、昨日調べておいた8時20分発の宗谷岬行きのバスに乗る。
 乗客は他に2人、皆観光客のようだ。1時間程で目的地に着く。雨と風が強く周囲には誰もいない。とりあえず写真だけとり、近くの土産物屋に入る。店の奥は流氷の展示室になっていて、冷蔵室に氷の塊とアザラシや鹿の剥製が置いてある。
 他に何も見るものはないので、帰りのバスまで店内で氷結を飲みながら時間をつぶす。それでも何もすることがないので、周りの人工物の写真を撮る。信号、土産物店、トイレ、ガソリンスタンド、バス停、飲料自販機。どれもどこにでもあるものだが、すべて日本最北端のもの。そう考えるとどれも貴重なものに見えてくる。
 稚内に戻って、副港というところにある最近できた観光施設へ行く。なぜか松坂大輔の博物館がある。意味不明なまま寄らずに土産物店の中へ。樺太行きの船が盛んに行き来していたころの稚内駅(港?)を再現したような記念館のようになっており、懐かしい麒麟麦酒の昔の広告なども飾ってあり、作り物ながら戦前の賑やかな稚内の街を思い起こさせてくれる。水産物コーナーでカニを試食しながら、家族を残して自由気儘に遊びに来た償いにと奮発して蟹とホッケ、利尻らーめんを詰め込み、実家に送ることにする。ズワイガニの甲羅5ケ500円、蟹の足がビニール袋一杯に入って300円、信じられないような値で売っている。これは自分の酒のつまみと買って行く。
 昨日から風呂に入っていないので、駅近くの銭湯に行くがまだ開店時間前。仕方なく近くあった温水プールに行き、シャワーを浴びる。田中雅美のサインが館内に飾ってあるので受付で聞いたら、ここの出身で少年スポーツ団か何かで泳いでいたらしい。良くぞこんな場所から、オリンピック水泳選手が出たものだ。(失礼)
 フェリー乗り場に戻り、ビールを飲みながら時間をつぶし羽田から来る佐野氏と合流。14時20分発利尻鴛泊行きに乗り込む。先程買ったカニを船内で食うが、余りの量で二人では食い切れない。多分ここまでカニを食ったのは生まれて初めて。2人800円で最高の気分を味わう。残念ながら、佐野氏は船酔いでダウン。ご愁傷様。
 鴛泊の町をウロウロするが、小さな集落ですぐに歩き尽くしてしまう。天気予報では、明日は悪い。今日は一日雨なので入山は諦める。フェリー乗り場の食堂に夕飯に行くと、数人のスキーヤーがいた。しばらく天気は悪そうとのことで、彼らも明日は上には上がらないとのこと。どうもこの先もあまり良くないみたい。時間的には、充分余裕があるので、どうにかなると思っていたが、あまりチャンスはなさそう。ちょっと焦ってくる。まさか、9日も休んで敗退ではさすがに恥ずかしい。あさってから2日間がアタックチャンスと見込み、明日の午後には南稜への入山口の鬼脇の町へ移動することとする。

No.73 New! by 畑(admin) [222.11.61.36] 2010/06/19 (Sat) 16:24

DSC02171.JPG ←南稜下部 奥はローソク岩
明けて4月30日は、午後の移動以外何もすることがない。フェリーターミナルでテレビを見たり、波止場でミミズをえさに釣り糸を垂れたり暇をつぶす。(釣れるわけない。)
 午後、バスで鬼脇へ移動。交番にまじめに登山届けを出しに行ったら、留守。電話で呼び出して事情を説明する。ところが思わぬことに、一般コースでない南稜からは登ってはいけないとの指導。なんとか納得してもらい計画書をおいていくことにする。そのうち奥から駐在員の若い奥さんが出てきて、計画書を預かってもらうことに。子供を寝かしつけてたので出れなかったとのこと。聞けば4月に北見から赴任したばかりで、しかも赴任以降誰も鬼脇から入山した人はいないとのことで納得。それにしても、奥さんが留守番をしている交番は初めてだ。
町中にある温泉施設で一風呂浴び食料を買い出し、登山口前で泊まる。
5月1日、私の場合東京を出て4日目にしてやっと入山。案の定先行者はなし。トレースはないがそれほど深いラッセルではない。ただ、飲み過ぎなのか、スピードが上がらない。南稜に取り付いてからも、なかなかトップに立てず大半のラッセルを佐野氏にお願いする。南稜の取り付きの堰堤から上部が見え渡せる。大槍はすぐに分かるが、その先の大きな岩壁は「南峰?」と佐野氏が尋ねるがP1、P2が判然としない。これが、バットレスと後で気付くのだが、多分P2だろうと勘違いしてしまった。これが後々、ルートがわからなくて四苦八苦する原因になる。
その日は、15時10分大槍手前のコルの先に衝立状の岩があり、風よけになるので早々にドン。
 翌日は私の体調も回復したみたいだし、あさっての天候は保証できないので本日中に頂上を越えることとする。結局、大槍から先は良くわからない「P2はザイルが必要。P2の先は空中懸垂となっていて後戻りは不可能。」などと記録で読んでいただけに、気合を入れながら、遠くに見える岩壁がP2だと思い込み続けたまま前進する。本来のP2の懸垂で2Pザイルを出しながらもP1、P2に気が付かないままバットレスに突入。佐野氏トップで行く。ところが、ここでこれがバットレスだと気づけばまだよかったのだが、P2なら楽に越えられるルートがあるはずと時間をかけて探る。左側面に回りこんだが完全にルートが切れてしまっていてどうしても弱点が見つけられず結局、戻って来てしまう。交替し畑が行くが、右に残置ハーケン見えたので右の凹角へ入る。さらに新しいハーケンを見つけるが簡単に抜けてしまう。垂直の凹角が登れそうだがかなりヤバそう。戻って敗退するわけにもいかず、ザックを背負ったまま突っ込む。凹角の中は氷が解けてきて、瞬く間に腕がビショビショになる。幸い天気は良いので、なんとか我慢して登る。いい歳してこんなことしてても良いのかと思うがどうにもならない。いつもこういう時は、どうにかなると思いながら突っ込んでしまう。若い頃と違って、毎年アイスクライミングをやりミックスでのアックスの技術も多少習得し、クライミング技術も上がっているのだろう。空身で人工と聞いていたが、結果的にザックを背追ったままフリーで越えてしまった。佐野氏は2ピッチ目・3ピッチ目あたりからどうも今登っているのがバットレスではないかと思い始めているようだ。どう考えてもP2にしては壁の規模が大きすぎる。

No.74 New! by 畑(admin) [222.11.61.36] 2010/06/19 (Sat) 16:30

DSC02176.JPG ←バットレス基部
さらに4ピッチ目終了後しばらく雪壁を登り、目の前の南峰にいる登山者を見てやっと今のがバットレスであったことが判明。まだまだ核心はこんなものではないと思っていただけに、少し拍子抜け。ルートファインディングが甘かった佐野氏は猛反省で少々落ち込みぎみ。南峰と北峰で休みながらあっけなく終わってしまって、この先どうしようなどと考えてしまう。折角はるばる利尻まで来たのだからもう一泊したいという佐野氏。ところが頂上から下りだした途端突風が吹き出し、時折3分ぐらい耐風姿勢のまま動けないような状態が何度か続く。危険な場所ではないが、このままもう一泊するよりは下りた方が良さそう。おまけに途中にある避難小屋は薄く暗くじめじめしていて、泊まる気にはなれない。この分では、後続に見えていた南稜の3人、仙法師稜の3人も動けないだろう。
 途中から尻セードで一気に麓まで降りる。そのまま利尻温泉へ直行。酒とつまみを仕入れ、無事下山祝い。2日間の短い山行だったが、内容は充分だったように思う。この2日間を逃してしまうとまたしばらく天気待ちになっていたことと思われる。ワンチャンスをしっかりものにしたという感じだ。
 翌日は時間があれば行きたいなと思っていた礼文島へ渡る。フェリーで香深港までは1時間もかからないが波風強く船内は大きく揺れる。佐野氏ここでも船酔いでドボン。港に着いてもしばらく動けなかった。そこからとりあえず島の端っこまで行こうと、バスで北端の須古頓(スコトン)岬まで行く。天気が悪いため、とても寒い。土産物屋で「こまい」を焼いてもらい、ウィスキーを飲みながら時間を潰す。アザラシが群れている写真が店内に飾ってある。店のお兄ちゃんいわく、アザラシは良く泳いで来るそうで沖のトド島にはトドが群れているそうだ。と言っても、今日は何も見えない。
 岬からはバスもしばらく来ないので、南へ行くトレッキングコースを行く。樹木がないので、草原状の丘を巡るコースになっている。夏には高山植物が咲き乱れるきれいな場所なのだろうが、時期が早いため人はいない。親子連れのドライバーが乗らないか誘ってくれるが、早く帰っても時間をもてあますだけなのでお断りして歩き続ける。
 その内、雨が降り出したためトレッキングは諦めバス道に戻る。地図に「江戸屋」とあるので、飲み屋でもあるのかなどと言うがとんでもない。飲み屋どころか、商店らしきものは一切ない。昔、江戸から出てきてここで貿易をやって一儲けした人物にちなんでついた地名のようだ。今は石碑があるだけで、よくぞこんなところで商売をする気になったものだと思わせるような寂しい漁村だ。
途中、バス停で休憩しウィスキーとワインで身体を温める。船泊という町に着くが、飲み屋らしきものはない。あってもなぜか閉っている。比較的新しいキャンプ場もあるが、閑散としている。礼文町の公園に、雨のしのげる格好の休憩所があったのでここの座敷で宴会をすることにして、近くの漁協のスーパーに買出しに行く。さすがに漁協だけあって、魚貝類は種類もあり安い。さっきの休憩所に戻って、ビールを飲みながら網で焼く。   ところが、管理人らしき人が巡回に来て追い出されるはめに。宴たけなわの折に追い出され、まさに最悪のパターンに。しかたがなく、浜辺近くに移動しここで宴会を再開。生のホタテ貝の刺身がうまい。
 翌日は、バスに乗りウニむき体験センターへ。利尻・礼文に来たからには、ウニを食べないと。http://www.funadomari.jp/hpgen/HPB/entries/2.html
 朝が早いので、まだ営業していなかったが我々が来たのを知って開けてくれた。500円を払って、ウニのむき方を教わる。この時期は、ムラサキウニだけが解禁されていて、さらにうまいとされるバフンウニは6月にならないと解禁にならないらしい。それでも、ムラサキウニだけで充分満足。生の新鮮なウニは、東京で食う寿司屋のウニとは全然違う。たらふく食べれる訳ではないが来て良かった。

No.75 New! by 畑(admin) [222.11.61.36] 2010/06/19 (Sat) 16:35

DSC02199.JPG ←何もない礼文島
昼のバスまで時間があるので、今回の礼文行きのもう一つの目的だった川釣りに行く。ウニセンターの人いわく、海が目の前にあるのにこんなところで川釣りする人などいないよ。もしかしたら、全くすれてない大物がいるかもと淡い期待を持って近くの川に入る。林道が横に走っているので、簡単に遡れる。わざわざ東京から持ってきたミミズで釣る。すぐに12cmほどのイワナが釣れる。数はいくらでも釣れるが、皆15cm以下。ただし、佐野氏は全く釣果なし。佐野氏、何度も糸を直しているうちにミミズの黄色い体液のついた指を間違えてなめてしまった。オェー、気持ち悪いー。結局、全くの期待はずれ。おもしろくないので適当に切り上げる。ウニセンターに戻って、お姉さんいわく「川で釣ったことはあるが、小さいのしか釣れない」とのこと。島には大きいイワナはいないことを確信し、海釣りに切り替える。
 バスで香深に戻り、コンビニでブラー(疑似餌)を買って港内の防波堤で竿を出す。
川釣りの仕掛けにブラーをつけただけのいい加減な仕掛けで、届く範囲の海底を探る。あたりがあり、引上げると25センチ程のソイが釣れた。今晩の肴にとキープする。2匹目をとねらうが、突然竿が中間部で折れる。古い竿だったので、キズがついていたのだろう。イワナ釣りの時から全く釣れず、やる気のない佐野さんはテトラポットの上でお昼寝。竿を借りて続行するがそれ以降釣れない。おまけに釣った魚も、一瞬のスキにウミネコに盗られてしまう。結局終わってみれば、竿を1本折っただけで収穫ゼロの結果。
 港にある「礼文温泉」に行く。まだ、できたばかりの新しい温泉で露天風呂からは正面に利尻山が見え、最高の気分。夕焼けは反対方向なので見えないが、朝焼けは多分もっとすばらしい景観になるだろう。
 漁協直営の食堂があるので期待していたが営業期間外。すぐ近くにある居酒屋に入る。
「ホッケのチャンチャン焼き」「貝焼き」「タラ」「トド肉」片っ端から注文する。その内。隣にいたオーストラリア人のカップルとも親しくなった。日本人でもなかなか来ないこんな北の果てまで観光に来るオーストラリア人は、かなりマニアックな旅人なんだろう。写真などを一緒に撮るが既に私は記憶がなくなっており、かなり酔っ払てたみたい。おかげで2人で14000円は少しびっくり。
 翌日は先に帰京しなければならない佐野氏と別れ、一人。今度は南の桃岩トレッキングコースへ手ぶらで出かける。歩いて3時間のコースなので、ジョッギングがてら小走りで駆け抜ける。島の西側に出るが、こちら側は人も住んでいないのか荒涼とした景色が広がっており、まさに北の果ての景色。その内急に天気が悪くなり、雨まで降り出す。薄着で走ってきたので止まると身体が冷える。仕方なく港まで走り続ける羽目に。
 13:10のフェリーで礼文を離れ、利尻の鴛泊へ戻る。フェリー乗り場の観光案内所や近くの酒屋の主人とはもう顔馴染みになってしまった。と言ってもおしゃべりしている訳にもいかないし、何か他にすることがあるわけでもなく時間をもてあます。サイクリングロードを使って近くにある姫沼まで、またトレッキングに出かける。殆ど人とすれ違うことなく2時間ぐらい歩き、姫沼へ。湧き水を堰き止めて造った観光用の人造湖らしいが、湖面に利尻山が浮かびとてもきれいなところ。周囲にはザゼンソウが咲いており、散策し時間をつぶすのに丁度良い。ビジターセンターは、ギャラリーになっており管理人が撮った利尻の写真が見れる。小動物の写真がなかなかかわいくて気に入った。
 5月6日はいよいよ最終日。昨晩からまた天気が悪化しており、風が強くなっている。飛行機が欠航にならないか気が気でない。まさか、これ以上休暇を延長するわけにはいかない。利尻空港に電話をしたら、通常通りの運航とのこと。安心し、行きそびれていた港の近くにあるペシ岬に登ることとする。岬には会津藩の藩士の墓がある。このあたりは会津藩の管理地域だったようで、皆会津から派遣されてきてこの地に骨を埋めたようだ。私のように、飛行機さえ乗ってしまえば半日で東京へ帰れるのに、当時は決死の覚悟で会津を出て来たのだろう。なんとなく、こんないい加減な旅をしているのが申し訳なく思われる。
 とは言うものの、明日にはまた仕事生活に戻る。気持ちを切替えなければ、と思いながら帰途に着いたものの東京までの道中また懲りもせずずっとビールを飲み続けてしまい、最後まで気の抜けた9日間になってしまった。

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